コラム

「ブレグジットのせいでイギリス衰退」論にだまされるな

2023年03月01日(水)13時30分

本当に巧妙だったのは、世論調査の選択肢の範囲だ。a)国民投票は二度と行わなくていい、b)今すぐ新たな国民投票を行うべきだ、c)今後5年以内に新たな国民投票を行うべきだ、d)今後6~10年以内に新たな国民投票を行うべきだ、e)新たな国民投票は10年以上先に行うべきだ──。

一定の範囲の選択肢をいくつか提示された場合、中間あたりでほどほどのものを選びたくなるのが人間の本質だ。そんなわけで約40%の人々がcかdかeを選択したが、実際には単体で最大の票が集まったのはa、つまり「国民投票は二度と行わなくていい」。でももちろん、それは新聞の見出しにならなかったし、「今後5年以内に新たなブレグジット国民投票を望む人は過半数を超えず」という見出しにもならなかった。

その7、自分が以前に主張していたことを都合よく忘れる。

ブレグジットが実現した時、残留派は、「離脱派は結局、EU問題で票を投じたわけではない」と騒ぎ立てた。「緊縮財政に対して抗議票を入れたかっただけなんだろう!」と。イギリスの人々は経済苦境に陥っていて、EUの一員であることに責任を押し付けているだけだ。彼らは貧しいから怒っているのだ!というわけだ。

ところが今は、人々が経済状況に憤っていて世論調査でEU「支持」が広がっている(上記で述べた通り)となると、残留派は「人々はしっかりした考えを持っている」と判断する。残留派の論理はこうだ──人々がわれわれに反対している時は、だまされているから。われわれに賛成している時は、正しいに決まってる。

その8、経済について大げさに騒ぎ立てる。

なにもこの記事だけの話ではない。「より貧しくなるために投票した者はいない!」とは、残留派の有名なスローガンだ。でも単純に、これは真実ではない。多くの人々が、ブレグジットには経済的なマイナス面もあるだろうことを認めていたが、それでも離脱に投票した。

彼らは主権や民主主義支配など、一連の問題を考慮して投票したのだ。人々はEU加盟がもたらす未来や、それが国家に及ぼす影響に深刻な不安を覚えていた。当然彼らは、ブレグジットによる経済的影響が限定的で短期に終わることを期待し、EU離脱によるプラス面が出てくるだろうと考えた(EUのビジネス規制は極端に官僚的なうえに、世界経済に占めるEUの割合は縮小し続けている)。とはいえ人々は、ブレグジットには経済的犠牲が伴うであろうことを承知していたから、今になってブレグジットが「いいことだらけ」でないことに愕然としている、というのは誤りだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請6週間ぶり低水準、継続受給件数は

ワールド

ロシア海軍副司令官が死亡、クルスク州でウクライナの

ワールド

トランプ減税・歳出法案、下院最終採決へ前進 手続き

ワールド

米EU関税問題、早期解決を メルツ独首相が訴え
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 10
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story