コラム

ワクチン快進撃はイギリスではあくまで例外

2021年03月16日(火)16時30分

イギリスのワクチン接種プログラムは順調に進んでいる(写真はワクチン接種会場を訪問するジョンソン首相、2月8日) Phil Noble-REUTERS

<これまで大規模プロジェクトのたびに失態を繰り返してきた英政府だけに、ワクチン接種が順調に進んでいるのが驚きだ>

イギリスの新型コロナウイルスのワクチン接種プログラムは、科学面でも運営面でも大成功を収めている。既に2400万人以上が少なくとも1回目の接種を済ませ、1日当たり約40万人のペースで進んでいる。70歳以上の全員と、コロナに対してリスクの高い健康上の問題を抱える人の全てに、ワクチンが提供された。

僕はこれを単に「嬉しい驚き」を持って受け止めているだけでなく、仰天している。イギリス政府が近年行ってきた大規模で複雑なプロジェクトの実績は、あまり芳しいものではなかった。例えば、国民保健サービス(NHS)用に国家規模のデータベースを構築しようとした2002~2013年の計画。

手短に言うと、契約上・技術上の問題が相次ぎ、遅延に遅延を重ね、何の成果もないまま100億ポンド超が費やされたあげくに、結局は頓挫した。僕はこの期間のほとんどを外国で暮らしていたから、リアルタイムで注視していたわけではなかったが。

ところが、数年がかりで露呈したこちらの厄介な失敗のほうは、僕がイギリスに帰国してからだったから、しっかり目撃した。各家庭にガスと電気のスマートメーターを配る計画だ。僕に言わせればこれは、悪手が重なり事態をこじれさせた典型的な事例だ。

まず、これは「地球を救う」ためのプロジェクトだった。だから普通なら計画中止につながるような懸念事項が発生しても顧みられることなく、とにかく推進することが重視された。理屈としては、人々がガスや電気の使用量をメーターで正確に把握できれば、無駄遣いをやめるようになりCO2排出量が減る、というものだったのだ。

次に、(公金を費やす)政府と、(収益を改善させたい)民間企業が連携しても、そもそもうまくいきそうもないという側面もあった。各家庭にメーターを設置するのは電気・ガス事業者の役目ということになっていたが、そのコストを負担するのは納税者・消費者だ。

この計画は、企業側の「膨大なコスト」を丸ごと節約できるようになるから、企業にとってはおいしい話だった。つまり、各家庭を回ってメーターを調べる検針員を雇う必要がなくなるのだ。さらに、消費者の行動に関する膨大なデータを収集することで、無駄の削減に活用できる可能性もある。

期限は延長され負担も膨らんで

この長期計画は、データに基づいて将来的に変動価格制を導入するための布石ではないか、と疑う人もいた。例えば、国中至る所で太陽光パネルがフル稼働して発電している晴れの日には電気料金を低くするが、需要が急増する真冬の夕方には料金を吊り上げる、という具合に。理論上、(石油などの)コモディティ市場のように常に電気・ガス料金が変動することがあり得る。

そういう狙いが本当にあるのかどうかはともかく、多くの人はスマートメーターの効果に懐疑的だった。倹約家は既に節制しているだろうし、浪費家は毎時間毎時間メーターに消費額を通知されるからという理由だけでスイッチをこまめに切るとは考えにくい。民間企業は株主に利益を還元する責任があるから、たとえ消費者が電気やガスの使用量を抑えたとしても、結局は利益確保のためにキロワットあたりの価格を上げるだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB利下げ再開は7月、堅調な雇用統計受け市場予測

ワールド

カナダ首相、トランプ氏と6日会談 ワシントンで

ワールド

ガザ封鎖2カ月、食料ほぼ払底 国連「水を巡る殺し合

ワールド

トランプ氏、ハーバード大の免税資格剥奪と再表明 「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story