コラム

ロンドンでは人種感覚に鈍感だと痛い目を見る

2018年11月30日(金)18時00分

「オリエンタル」も死語に

それからさらに何年もたつと、ジャマイカやトリニダード・トバゴなどカリブ海諸国出身の移民で、アフリカにルーツを持つ人々(つまり、アフリカから奴隷としてカリブ海諸国に連れて来られた祖先を持つ人々)を指すのに使われた「アフロ・カリビアン」という言葉を避ける動きが出てきた。もともとこの言葉にネガティブな含意はなかったが、今では「正しい」言い方は「アフリカン・カリビアン」ということになりつつある。僕は誰かがこう言うのを聞いたことがある。「アフロ? アフロはヘアスタイルのこと。それを言うならアフリカンでしょ」。ここまで来たら、古い言い方にこだわって差別主義者だとあらぬ疑いをかけられるのもばかげているから、新ルールに従っておくのが賢明だ。

同じように、僕たちはかつて「東アジア出身の人々」を「オリエンタル」と呼んでいた。欧米人は一般的に、中国人や日本人や韓国人を見分けづらいから、ひっくるめて「オリエンタル」と呼んだのだ。だがこの表現もすたれていき、今や「アジア人」と言わなければいけなくなった。オリエンタルには「エキゾチック」とか「異国の」といった意味合いがある一方、「アジア」と言ったほうが地理的にはっきりしていて誤解がないから、という理由だろうと、僕は解釈している。

こうした風潮を皮肉ってか、うちの近所には「アフロ・カリビアンフード」を自称する食材店や「オリエンタル・スーパーマーケット」を名乗る店がある。店主はそれぞれ黒人と中国人だから問題はなさそうだ。そもそもこの町の誰も、こうした言葉が今の時代は問題だということにすら気付いていないようだ。

社会の新常識はまずロンドンで生まれ、その後イギリス中に広まることが多い。これはつまり、ロンドンが人種的配慮の問題では常に「一歩先を行っている」ということだ。ロンドンの外から来た人間は、ロンドンでもはやNGとなった言い方や用語を使ったりする。するとロンドンっ子の一部は、この田舎者は物を知らない「偏狭なやつ」だという態度をとるようになり、たとえばブレグジット(イギリスのEU離脱)に対する意見なども、人種差別主義の田舎者の言うことだから、というふうに軽く片付けてしまう。

この夏、ロンドンで数週間過ごしている間に新語をいくつか学んだ。どうやら、白人以外のイギリス人を指す言葉として最も適切なのは、BAME(black黒人・Asianアジア人・minority ethnic少数民族、の頭文字)のようだ。自分は白人という立場に恩恵を受けている自覚があり、それでいてマイノリティーが抱える問題だってきちんと「意識している」、ということを示す「woke」という用語も若者の間で流行している。ロンドンから列車で1時間ほどの僕の町で、このどちらかの言葉を知っている住人は、50人に1人もいないだろうけれど。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story