コラム

パブから見えるブレグジットの真実

2016年06月16日(木)19時00分

チェーン店より階級の問題

 僕はウェザースプーンズがかなり好きだけれど、僕の友人のなかでこの店を本気で気に入っているのは1人しかいない(僕と同じ町で同じような境遇で育った人だ)。大学時代の友人などは、軒並みお気に召さないらしい。

 彼らが言うには、チェーン店は好きではない、とのこと。でも彼らは他のチェーン店のパブにはいくらでも行っているのだから(例えばロンドンを代表する「フラーズ」だってそうだ)、それは理由にならない。フラーズのビールは素晴らしいが、もっとずっと高い。ウェザースプーンズよりざっと6割増しだ。

 さらに、ウェザースプーンズにはバーガーキングやコスタ・コーヒーみたいなチェーン店に付き物の「紋切り型スタイル」すらない。ザ・プレイハウスは劇場を改装してできた、ひと癖もふた癖もある店だ(僕はいつも「ステージ」に席を取っている)。ベリー・セント・エドマンズにある店舗は昔、穀物取引所だった美しい19世紀半ばの建物。チャンスリー・レーンにある店舗は豪勢な元銀行だった。そのほかの店舗はもうちょっとおとなしいけれど、没個性ということはない。

 だから、ウェザースプーンズは階級問題なのだ。労働者階級はここへ行く。あるいは、1パイントが2.50ポンドか4.60ポンドかの違いは無意味じゃない、と思っている人は行く。ここには、僕のような層も含まれる。どちらかといえば貧しい家庭の出身者か、僕が考えるところのイギリスの「伝統的中流階級」に当たる人々だ。彼らにとって、倹約とケチは決して同義語ではない。

【参考記事】イギリスの漁師は90%がEU離脱支持──農家は半々

 イングランド北部の人がロンドンに来たら、飲みに行くのはたいていウェザースプーンズだ。ロンドンの物価が馬鹿らしく高いと感じるからだろう。そしてその間も、ロンドンのビジネスマンやロンドンの商売人までもが、もっと「上品な」パブに行く(あるいは彼らの言うところの「もっと個性的なパブ」に)。

お仲間でつるむ「持てる者」

 僕は以前、西ロンドンにある高級志向のパブに行ったことがある。そこではピンからキリまでのさまざまな価格帯のビールがどれも同じ5ポンドで売られていた。おそらく常連客は、お釣りのコインを受け取るのをかえって煩わしがるに違いない、との判断でそんな値段設定になっているのだろうと思う。

 僕にはそれは馬鹿げて見えたけれど、調査によれば典型的なロンドンの住宅は50万ポンド(約7600万円)し、ここ数年は年8~10%で価値が上昇している。1日当たり、120ポンド(1万8000円)かそこらの値上がりだ。それももちろん馬鹿げているが、それでもこんな勢いで資産価値が上昇している状況に身を置いていたらどうなるだろう。40ペンスかそこらのお釣りだったら、わざわざ受け取るほうが手間だと思うようになるかもしれない。

 現代のイギリスでは、家を持つ人と持たざる人、裕福な地域に住む人と貧しい地域の出身者、専門職に就く者と低賃金労働者が大きく分断されている。僕は「持てる者」たちと交友しているが、僕は「そう持てる者ではない」人々の中で暮らし、僕自身は経済的に前者よりも後者に近い。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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