コラム

ロンドン地下鉄ストで恨まれる運転士

2015年09月10日(木)11時45分

今ロンドンっ子たちは本気で地下鉄の運転士を憎んでいる Neil Hall-REUTERS

 僕はここ数週間ロンドンに滞在しているのだけど、ロンドンっ子がこれほど団結している姿は、今まで見たことがない。彼らはこんな意見で結束している。地下鉄運転士は最低で強欲で――われわれの敵だ。

 ロンドンでは一部の地下鉄路線で週末の24時間運行を導入することが予定されているが、これに労働組合が抵抗している。彼らの要求は明らかにカネだ。彼らはインフレ率を上回る昇給と2000ポンド(40万円弱)のボーナスを提示されているのに、あくまでもっと多くを要求しているらしい。

 問題は、地下鉄運転士の給料が、同程度の技能レベルの仕事に比べると既にかなり恵まれているということ。教師や消防士、看護師や救急隊員など、地下鉄の運転よりは大変でより危険で技術がいると思われる職業に就いている人々よりも、ずっといい給料をもらっている。

 新任の給料は約5万ポンド(900万円強)と、全国の平均賃金の約2倍だ。本人とその配偶者はロンドン市内なら運賃はタダ。有給休暇は多く、週労働時間は短く、制服も支給されるので洋服代まで浮く。

 ロンドンっ子はいま彼らを本気で憎んでいて、僕にはその気持ちがよく分かる。地下鉄車内が恐ろしく混雑していても、通勤客はひたすら耐え忍ぶしかない。それなのに先頭車両にいる大した技術もない人間が、自分より短時間労働で自分よりずっと高給取りだなんて、考えただけでムカムカしてくる。

■交渉で有利な立場に

 運転士たちはロンドンの街を人質にして、身代金を要求しているのだ。彼らがストライキを行えば、この街は大混乱に陥る。僕はこれまで何回もひどい目に遭ってきた。友人に会えずロンドン行きは台無し、仕事も邪魔された。ロンドンの住人はこれを何度も経験していることだろう。

 ロンドンはイギリス経済の牽引役だ。地下鉄ストは膨大な時間も労働生産性も奪う。だから運転士たちは、ストなしで決着を図りたい市当局との交渉で彼らが有利な立場にあり、市当局が「強硬な立場に出る」ことなどないと、よく承知している。彼らがここまで恵まれた待遇を手にしていて、今後さらに恵まれそうなのは、このためだ。

 何よりイラつくのが、地下鉄ストのタイミング。彼らはいつも終日ストを木曜日に実行する。彼らはほんの1日分の給与を失うが、与えるダメージは最大級だ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トヨタが米国で値上げ、7月から平均3万円超 関税の

ワールド

トランプ大統領、ハーバード大との和解示唆 来週中に

ワールド

トランプ米大統領、パウエルFRB議長の解任に再び言

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 8
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 9
    「まさかの敗北」ロシアの消耗とプーチンの誤算...プ…
  • 10
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story