コラム

スコットランド住民投票の意外な意味

2014年09月12日(金)15時30分

 スコットランド独立の是非を問う住民投票が、9月18日に行われる。僕が心配していたとおり、結果はほんのわずかの差で決まることになりそうだ。

 イギリスからのスコットランドの分離独立は、わずか数千票の差で決まる可能性がある。これは極めて重大な決断で、「次の選挙」で現政権にノーを突きつけて簡単に覆せるようなものではない。賛成が過半数を占めさえすれば、たとえ反対票が49%に上っても分離独立できるなんて信じがたいことだが、今回の住民投票ではそれがあり得るのだ。そこまでの僅差だと、独立について住民の「明らかな信認を得た」とはとても言えない。独立に反対した人々にとっては受け入れがたいはずだ。

 独立「イエス」派のかなりの人々は、現イギリス政府を支配する保守党政権に反発を抱いているから独立を求めている、という部分が少なからずある。正確に言うならこれはスコットランド独立のための投票というより、「イングランド人有権者がスコットランド人をはるかに上回っているために保守党が勝利する傾向にあるというイギリス政治の現状」に反対するための投票なのだ。その基準で言うなら、マンチェスターやリバプールだって独立を求めるかもしれない。

■残留でも自治権は拡大

 よりによって保守党(正式名称は保守「統一」党)がスコットランドのナショナリズムに火をつけたというのは、なんとも皮肉な話だ。彼らの存在意義の1つが、イギリス連合を維持することなのだから。スコットランドのナショナリズムはサッチャー政権時代に大きな盛り上がりを見せた。当時、スコットランドでは労働党支持が圧倒的だったのに、イギリス全体では依然、保守党が優勢だった。

 スコットランドの住民投票の結果を今、予想するつもりはないが、もしもスコットランドがイギリス残留を選んだとしても、スコットランドへの権限移譲がさらに進むのは明白だ。建前上はスコットランドはイギリスにとどまる(外交政策も通貨ポンドも国家元首もイギリスと共有する)かもしれないが、スコットランド域内の問題については事実上、独立したも同然の決定権を持つようになるだろう。

 スコットランド人の有権者には望ましいことかもしれないが、イングランド人にとっては理不尽な話に思えてならない。僕たちイングランドの人々は、イングランド議会というものを持たない。僕たちはイギリス政府やイギリス議会に支配されるが、そこにはスコットランド人議員が居座り続けるのだ。

■イングランド人にとっては不公平

 それはいわゆる(スコットランドの行政区画の名を取って)「ウェストロージアン問題」と呼ばれるもの。スコットランド人議員はスコットランド域内の問題について独自に決定できる一方で、イギリス全体に関する問題にも投票する権利を持つ。これは平等な措置とはいえない。そしてほぼ確実に、スコットランドの自治権拡大によって、ウェールズや北アイルランドからも同様の措置を求める声が上がるだろう。

 スコットランド人は、イングランド人が保守政権を「押しつけてきた」と長年憤ってきた。だがもしもスコットランドが「イギリスに残留しつつ最高レベルの自治権を持つ」というシナリオが実現した場合、その逆だってあり得る。過半数のイングランド人が保守党に投票したのにもかかわらず、スコットランド人とウェールズ人の票を多く集めて労働党政権が返り咲きする可能性だってあるのだ。

 彼らは9月18日を「決断の日」と呼んでいる。でも独立をめぐる住民投票は、問題を解決するというよりも、さらに多くの問題を呼ぶことになるだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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