コラム

アイルランドとイギリスは意外に友好的

2014年04月19日(土)13時53分

 他人が見た夢の話を事細かに聞かされるほど退屈なことはない、と言う人もいる。だからあらかじめ謝っておく。僕が見た鮮やかで面白い夢も、みなさんにはまったく退屈かもしれないから。

 夢の中で、僕はどういうわけかデービッド・キャメロン英首相から、アイルランド政府代表団と話をするよう頼まれた。アイルランドとの新たな合意をまとめるためだ。その間、キャメロンとアイルランドの首相はお茶を飲んで、楽しくおしゃべりをしていた。

 最近アイルランドを訪れた以外、こんな夢を見た理由は考えられない。そのことが僕の潜在意識に働きかけたのだろう。僕はアイルランドとイギリスの関係、そしてアイルランド人とイギリス人の関係にとても興味がある。祖父母がみんなアイルランド出身なのが大きな理由だ。僕は生まれも育ちもイングランドだが、自分は「一部アイルランド人」だと思っている。

 夢に話を戻そう。キャメロンの要請はとても厄介なものだった。僕に外交経験がないから、というだけではない。僕はまず「兄弟国としての新たな友好の絆」と「協力し、平和に暮らす決意」を高々と掲げる宣言作りから始めるよう提言した。でも、そこからが大変だった。絆を強める具体的な行動を提案するたびに、アイルランドの代表団から「すでにやった」と言われた。

 だいたいのところ、その指摘は正しい。イギリスとアイルランドは現在、素晴らしい関係にある。約100年前、アイルランドは激しいゲリラ戦の果てにイギリスから独立を勝ち取った。アイルランドは(特に建国初期には)「イギリスらしくない」ことに国の存在価値を見出していた。

 イギリスとアイルランドの間にはきわめて複雑で、不和の引き金となる問題もある。アイルランド島北部の「北アイルランド」だ。イギリス統治下にある北アイルランドでは、過半数の人々は現状維持を望んでいる。しかし、アイルランドとの統一を希望する人も少なくない。アイルランドの憲法は長い間、「アイルランド北部」についての領有権を主張していた(99年にその条文を削除)。アイルランドの人々も、アイルランド統一について強い思いを抱いている。

■安定を築いた見事な和平交渉

 だから、イギリスとアイルランドが友好関係を築くことはとても難しい。それでも、これまでの両国の態度は見事なものだった。アイルランド政府は時折、「1つのアイルランド」という言葉を使いながらも、北アイルランドを不安定にしてまで再統一を追求しようとはしなかった。そして北アイルランドのテロ組織、IRA(アイルランド共和軍)を決して友人扱いしなかった。

 イギリスは、北アイルランドの支配権は譲れないと主張し続けてきた。一方で、アイルランド政府が北アイルランド――人口の約3分の1がアイルランド国籍を持つ――の統治に関心を示すのはもっともだとしている。

 北アイルランドにおける「和平プロセス」は、私の子供時代には想像もできなかったような安定を地域にもたらした。比較的平和な時期の始まりは、ブレア政権下で98年に結ばれた北アイルランド包括和平合意(ストーモント合意)だと人々は考えている。しかしIRAと秘密裏に対話を始める道筋を付けたのは、ジョン・メージャー元首相だ。彼の政治生命を考えれば、それは大変なリスクを伴うものだった。

 それ以前の85年、マーガレット・サッチャーの政権はイギリス・アイルランド条約(ヒルズバラ協定)という重要な一歩を踏み出した。北アイルランド統治に関する協議に、アイルランドが参加することを認めるものだ。今では両国政府は北アイルランドの治安維持と、ユニオニスト(プロテスタント)、ナショナリスト(カトリック)双方の住民の要求とアイデンティティを認める行政に協力している。

■エリザベス女王訪問は友好の仕上げ

 アイルランドとイギリスの関係は、常に「特別」なものだった。例えば私の祖父母はビザなしでイギリスを訪問し、働くこともできた。イギリスの市民権がなくても国政選挙に投票できた。今でもアイルランドから来た航空便の乗客はすべて、イギリスの出入国管理カウンターを通る必要がない(そんな国はアイルランドだけだ)。アイルランドの市民はイギリス軍に加わることもできる(僕の2人の大叔父はイギリス空軍に所属していた)。

 長年、一部のアイルランド人がイギリスに対してテロ活動を行っていたことを考えれば、これはすごいことだ。IRAはイギリス兵が酒を飲むパブを爆破したり(多くの一般人が亡くなった)、イギリス政府を丸ごと吹き飛ばしそうになったこともある(84年にサッチャー首相と保守党幹部が滞在していたブライトンのホテルが爆破され、91年にはメージャー内閣が会議中の首相官邸が迫撃砲で攻撃された)。

 イギリスとアイルランドの関係史は、紛争の歴史とみなされることが多い。もちろん緊張はあった。しかし両国は淡々と実りある関係作りに取り組み、すばらしい結果を生み出している。そのことを考えると、アイルランド系イギリス人として僕は本当にうれしい。長い間欠けていたのはケーキの飾り付けの部分だった。それも11年に、エリザベス女王が初めてアイルランドを公式訪問して友好関係が築かれた。

 そのお返しに先週、マイケル・ヒギンズ大統領がアイルランドの元首として初めてイギリスを公式訪問した。歴史的訪問だったが、画期的な新政策の発表はなかった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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