コラム

消えゆくパブとパブ文化を救え

2012年01月29日(日)12時43分

 東京に住んでいたとき、銭湯がつぶれてしまったのを見ると、とても悲しかった。銭湯は驚くべき速さで数を減らしていった。

 銭湯はそれぞれに個性を持っていると、僕は思っていた。単に堂々たる建物だとか、リラックス空間だとかいうだけではない。銭湯は人々が出会い、交流し、会話する場所だった。

 最近になって知ったのが「境界域」という概念だ。境界域とは、普段の社会的な交流における限界のラインが、いくぶん拡大する場所のこと。銭湯がまさにこれに当たる。いつもなら目を合わせようともしない人々が、言葉を交わし始め、時には知り合いにさえなる(ひょっとして裸でいるせいなのかもしれないが)。

 だから、僕のお気に入りの「2002年版銭湯マップ」を持って銭湯めぐりに出掛けたのに、銭湯があったはずの場所がぽっかり空き地になっていたり、味気ない新築マンションになっていたりすると本当にがっかりしたものだ。

■銭湯とパブは絶滅危惧種?

 イギリスに戻った今、似たような問題に直面している。止めようのない勢いで、パブがどんどんつぶれているのだ。大都市の中心部ではそれほど目立たない。だが、都市部周辺から地方に至るまで、どんどんパブが減っている。理由は2つあると思う。

 第1に、飲酒運転の取締りが厳しくなったこと。これはもちろん、許されざる行為だろう。2つ目の理由は、家で飲んだり、友人を呼んだりするのがトレンドになっているからだ(こっちの方が安く上がるし、格段に進化した家庭用テレビやゲーム機で盛り上がることだってできる)。

 こんなご時勢だから、近所の村の僕のお気に入りのパブが、店主が亡くなったにもかかわらず閉店にならなかったのは、ちょっとした奇跡だった。地元の常連客たちが、醸造所に働きかけて存続させたのだ。それでも、これは「死刑の執行猶予」にすぎないのかもしれない。なんといっても、あの店主の人柄こそが、常連客の集まる理由だったのだから。

 町でもパブは急激に減っている。わが家から歩いて行ける距離にあった、4軒の大きくて立派なパブも営業を停止した。そのうち2軒は「住宅用」として売りに出されている。つまり、普通の住宅に改築されてしまうということだ。

 パブが減っていくのは悲しい。パブは村の生活の基本的な骨組みの一部だし、町においては銭湯のような「境界域」だ。僕がちょっとしたビールおたくで、パブおたくなだけかもしれない。それでも、良いパブがこの国の醸造所の多様性と文化を支えてきた、という僕の意見には大半の人が賛同するだろう。

 パブがなくなってしまったら、小規模なビール醸造所も廃業に追い込まれる(僕のコラムを見てくれている読者ならきっとおぼえているはず。「リアルエール」は瓶詰めにしてはいけない。パブで大樽からポンプで注がなければならないのだ)。

■地元文化の一部が消滅する

 銭湯と同様、パブにも個性がある。ビクトリア様式のパブもあれば、チューダー様式のパブもある(低い天井にオーク材の梁が見えるのがそうだ)。ライブ演奏付きの店もあれば、詩の朗読会など小さなイベントを開催するパブもある。「おじいちゃんたちのパブ」もあれば、家族連れでも入りやすいパブもあり、若い人ばかり集まる店もある。パブが1軒なくなるたびに、地元文化の一部が消えてしまう。

 それでも、いくらか希望もある。多くのパブが最近、レストランに姿を変えている(大抵インド料理のレストランだ)。その中で数軒、パブとレストランが「合体した」店を発見した。パブが調理場をレストランに貸し、お客はバーとレストランのどちらからでも注文ができる。

 これは素晴らしい組み合わせだ。僕はパブで飲むようなおいしいビールをレストランで飲んだことがなかったし、逆にほとんどのパブでは料理は味気ない。1軒の店で、パブ品質のビールと、レストラン品質の食事の両方を味わえるのは魅力的だ。

 こういうタイプの店が、うまく軌道に乗ることを祈っている。とにかく、なんとかして、僕たちのパブを救いたいからだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、方向感欠く取引 来週の日銀
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 6
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 9
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story