コラム

「ヨーロッパ」に対する複雑な本音

2011年12月23日(金)17時13分

 今から30年後、人々はきっと現在のイギリスを振り返って、あの時代のイギリス最大の問題は「ヨーロッパとの付き合い方」だったね、と言うことになりそうだ。

 僕が言うこの場合の「ヨーロッパ」とは、EU(欧州連合)のことだ。地理的にはイギリスは明らかにヨーロッパに位置するが、島国のイギリス人として僕たちは、まるで自分たちはその一員ではないかのように大陸ヨーロッパについて語る。概して僕たちは、EUについても「あちら」のことだと考えがち。イギリスがその一部だという意識はあまりない。

 イギリスが「ヨーロッパ」に参加したのは1973年。40年近く前で、僕はまだ幼児だった。だが参加を何年もためらっていたことからも分かるように、イギリス人のヨーロッパに対するどっちつかずの態度は、1973年以前から続いていた(イギリスの最初の参加申請は、1963年にフランスによって否決された)。

 ヨーロッパとどう付き合うかという「大問題」について、今のイギリス人の答えは真っ二つに分かれる。一方の人々は、好むと好まざるとに関わらずEUが存在する以上は無視できず、将来的に力と重要性を増していくに違いないと言う。だからイギリスは気に病むのをやめて全力でEUに身を投じ、EU内でイギリスの国力に見合う重要な地位を勝ち取るべきだ、と。

 対するもう一方の人々は、EUは非民主的だから、イギリスの完全な主権を取り戻すためにEUを脱退し、むしろEUとは対等な交渉相手として接するべきだと語る。

■EECからEUへの大変化

 どちらの言い分にも理はある。イギリスがEU構想の中心にいないのは明らかで、スタート当初から乗り遅れてその後も常に時間を無駄にしてきた。対するフランス、ドイツ、イタリアはこのヨーロッパ構想の「創設」メンバーであり、今も彼らの結束はイギリスとの結びつきよりも強い。

 もしもスタート時点からイギリスが主要メンバーとして加わっていたら、今の「ヨーロッパ」の姿はどんなに違っていただろうか、という考察は興味深い。

 EUとの付き合い方について、僕は「強硬派」の考え方にかなり傾いている。イギリス人の大半もそうだろう。イギリスが当初、参加したのはEEC(欧州経済共同体)だったはずだ。90年代にこれは急速にEC(欧州共同体)へと変貌をとげ、さらにはEUになった。

 イギリスは1972年、EECへの参加の是非を問う国民投票を行った。「欧州連合」に参加するかどうかを直接問われたことは一度もないわけだ(その上、現在57歳以下のイギリス人は、そのEECの投票にすら関わっていない)。

 EECがEC、EUへと名称を変えたことは、単なる表面的なものではなくもっと大々的な変化が起こったことを意味している。「ヨーロッパ」とはもはや加盟国間の自由貿易を意味するのではなく、もっと大きな問題を語るものになった。

 この変化は予測できたことだ。EEC設立に際して結ばれたローマ条約では、「より緊密な共同体」を目指すことが記されている。たとえば全加盟国の最高裁判所よりも上位に位置する欧州司法裁判所も設けられているし、EUは独自に外交政策をもつから事実上のEU大使館が世界中にある。

 そして単一通貨ユーロが導入されたことは、単に外貨両替所が不要になるという以上の意味があった。たとえばアイルランドは、ユーロを導入しているために主権の大半を失うことになり、国の経済を自力で立て直すのがひどく困難になった。

■ユーロだけは上手に避けた

 親EU派も反EU派も明確な意見を持っているし、イギリスがここ数十年歩んできた道は間違いだったという考えでは両者は一致している。それでも不思議なのは、この50年の混乱を振り返るとき、おそらく歴史学者たちは「イギリスの選んだ道は正しかった」と結論付けるだろうという点だ。

 イギリスの政治家たちが先見の明にあふれているなどと言うつもりはない。むしろ場当たり的な手法が功を奏するときもある。イギリスは国民の疑念にも関わらずEUの一員でありつづけ、そのために経済的な恩恵を受けられたことは間違いない。だがイギリスは自国の重大な利益は守り通そうとしたし、下手な構想の単一通貨ユーロは避けて通ってきた。だからこそ自国の財政政策をより強くコントロールすることができていた。

 今月、欧州債務危機克服のためのEU新基本条約にデービッド・キャメロン首相が反対を表明したことは、イギリス国内でも大騒動になっている(キャメロンは新条約がイギリスの金融部門を弱体化させることを懸念した)。それでも実際のところ、EU懐疑派の多い保守党の党首とはいえ、キャメロンはEUを脱退しようなどとは考えていないだろう。

 これまでイギリスがEUに対して取ってきた行動は、革命的でもなければ大胆でもなかった。それでもおそらく、イギリスがヨーロッパと付き合う上では正しい道だったのではないかと思う。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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