コラム

イギリス暴動を読み解くヒント

2011年08月17日(水)12時58分

 僕は「大きな」テーマについて書くのはあまり得意ではない。それよりは1つの小さな側面に光を当て、全体像を浮き彫りにする方が好みだ。

 でもロンドンをはじめイングランド中で発生した今回の暴動については、大枠を書いてみようと思う。たぶん日本の読者は、何が起こっているのか混乱しているだろうから。最終的にまとまりのない箇条書きになってしまっても、どうか大目に見てほしい。

 まず第1に、イギリスにおいて暴動はまれなことではあるが「めったにないこと」ではない。

 今回の暴動は、僕の人生において初めてのものだったとはとても言い難い。イギリスではこれまで何度も市民による大規模な反乱が起こっている。特に印象的だったのは、1981年のブリクストン暴動、1985年のブロードウォーター・ファーム暴動、そして1990年の人頭税反対デモ。どれもロンドンで起こった暴動だ。1958年のノッティングヒル暴動も有名だが、1976年のノッティングヒル・カーニバルで起こった暴動もかなりの規模だった。

 2001年には、ブラッドフォードとオールダムで人種問題をめぐる暴動があった。ここ1年を見ても、ブリストルで比較的小規模な暴動があったし、ロンドンでも学生デモから発展した大規模な暴動が起こった(チャールズ皇太子の車がデモ隊に取り囲まれた、あの暴動だ)。さらにイギリスには、暴動が日常茶飯事の都市もある。北アイルランドのベルファストだ。

 2つ目に、暴動はなんらかの変革を促すことが多い。

 違法行為を容認するなとはいうものの、暴動がその後に急速な改革をもたらすことは多い。評判の悪かった人頭税は、暴動から1年以内に別の税に置き換えるという決定が下された。(警察が黒人に差別的な嫌がらせをしたのが発端の)ブリクストン暴動は、マイノリティーに対する警察の態度を大きく変えた。そして北アイルランドではもちろん、カトリック系の少数派住民をより公平に扱うため、何十年もにわたる政治的努力が続けられている。

■働く人が損する社会

 3つ目に、僕たちが暴動から学べることがあるということだ。

 暴動を「単なる犯罪行為」と切り捨てるのは簡単だろう。でも、同時に多くの者を犯罪的な行動に走らせるだけの何か深刻な問題が社会に存在していることも確かだ。もちろん暴徒の中には常習の犯罪者だっている。でもその他大勢は、それまで法を犯したことがない連中――少なくとも、ここまでおおっぴらに法を犯して当局に反抗したことはない、といった人々だ。

 根底に流れる問題を正確に突き止めるのは難しい。だがイギリスに「下流層」が増加しているという問題はずっと前から認識されている。仕事がないというだけでなく、一度も働いた経験のない若者が大勢いるのだ。たいていの場合、彼らの周りにいる人々も働いていない。彼らの多くは(父親がいないなど)片親の家庭出身で、ほとんど、あるいはまったくしつけを受けずに育った。

 そうした若者は、同じ境遇の若者とつるんでギャングを結成する傾向がある。無職で将来に希望もなく、まともな教育を受けず、家庭は崩壊している――そうした「悪しき相互作用」は、ずっと前から問題視されてきた。

 この状況をさらに悪化させたのが前政権だ。労働党政権はシングルマザーに寛大な政策を進め(貧困地域では、未婚で母になることはタブーどころかむしろ常識になっている)、事実上、人々から働く意欲を奪ってしまった(最低賃金で働いた場合の収入と、働かずに給付金をフルでもらった場合の金額がほとんど同じだから、わざわざ働こうなどという人は英雄的だ)。

 4つ目に、暴動が発生すると人々は驚くが、ある程度予想できる事態だったのではないかということ。

 今回暴動が起こったイーリングやトテナム、ハックニー、エルサムといった地域はどんなところかと、もしも先月の時点で誰かに聞かれていたら、僕は「危険な地域」だと答えていただろう。

 どうしてもロンドンに住みたくて何とか自分でも手に入れられる物件を......と血眼になって探し、この地域に目をつけた中産階級の人たちは、マイノリティーでごった返し、若者が路上にたむろするようなこの地区が「将来有望」か「活気がある」地区だと必死になって自分に言い聞かせていたかもしれない。

 そんな彼らは今、テレビカメラを向けられては、暴動が起こったなんて信じられない、「突然のこと」だった、住民はいい人ばかりなのに、などと話している。だが分別のある人なら、これらの地域が不安定要素や反社会的な若者の問題を抱えていることはわかっていたはずだ。

 悲しいことだが僕自身、自分の故郷やその近郊で暴動が起こっても驚かなかった。故郷ロムフォードではいくつか事件が起こり(ギャングが窓を破ったデパートに11歳の少年が侵入して強盗をはたらき「イギリス最年少の暴徒」として新聞の見出しを飾った)、近郊のバーキングでは強盗と暴行に遭ったマレーシア人の少年が、助けるふりをして近づいて来た別のグループからもう一度襲われた。

■思慮分別がないと決めつけるな

 5つ目に、参加するものにとって、暴動はたいてい「お楽しみ」だということ。

 といっても、軽率に聞こえないといいのだが。マスコミはいつも、略奪者はまるで楽しんでやっているようだ、などとさも驚いたように報道する。「深い教訓なんてない。不良少年たちが暴れまわっているだけだ」と彼らは言う。

 実際そうなのかもしれない。でも、よく言われているのは、人は暴動の中にいると自分を見失い、ほかの人々と一緒になって社会規範を破ることで高揚感を感じるようになるということだ。

 人々が楽しんで社会規範を破る様子は、記録にも残っている。大学の歴史の講義では、18世紀フランスで起きた「ネコの大量殺戮事件」について聞いた。当時、印刷工見習いたちが町中のネコというネコを捕らえて殺すのを楽しんでいたという話だ。ジャーナリストのビル・ビュフォードの著作『フーリガン戦記』には、暴れるフーリガンの若者が立ち止まって「最高だ! 最高だ! こんなに楽しいことはない!」と叫んでいたと書かれている。

 つまり必然的に、暴動は楽しみに飢えた者たちを引き付けるのだろう。だから、中産階級出身の大学生が略奪をはたらいた、なんていう事件が新聞で取り上げられても、(むかつきはするけれど)そんなに驚くことじゃないはずだ。

 最後に、いつの時代も暴徒は常に「思慮が足りない」と切り捨てられてきた。

 確かに、ロンドンの暴動に参加した者たちは総じてまともな教育を受けておらず、自らの意見すら口にできていない。でも僕は、彼らを軽々しく「考えなし」呼ばわりするのには抵抗がある。

 彼らに説教するような道徳的権限が、はたしてマスコミや政治家にあるのだろうか――そう思っているのは僕だけではないはずだ。政治家たちが経費を流用して(もちろん国民の血税だ)高額なテレビを買ったり、家を改装して売却し、利益を得たりしていたことは周知の事実。マスコミだって、殺害された被害者の留守電を盗聴して記事を書き、そんな新聞を売っていた。金融危機を思い返せば、納税者は巨額の税金で銀行を救済することを強いられ、それによって危機の原因をつくった億万長者たちはまんまと責任逃れをした。

 確かに、暴動や略奪は道徳的に間違っている。でも暴徒たちがみんな、自らの周りで起こっていることを何も分かっていないなどと決めてかかるべきではない。もしかしたら彼らは、こう考えたのかもしれない。どうせ社会のいたるところで道徳が破綻しているんだ。自分だって、取れるものは取ってやろうじゃないか、と。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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