コラム

背筋も凍る売れ残り本の運命

2011年07月21日(木)12時12分

 ニューヨークに住んでいたとき、僕は週に1度はストランド・ブックストアに立ち寄って、店内を見て回ったり本を買ったりしていた。広くて棚には本がぎっしり並び、興味深いお値打ち本がどっさりあって、とても魅力的な店だった。

 でもこの店は普通の書店じゃなかった。定価で売れなかったり、通常の店舗ではもう売れなくなってしまった「売れ残り本」を集めた店だったからだ。

 この店は世界で一番面白い「売れ残り書店」じゃないかと思えることがある。マイナーな有名人の最新の自伝が刷り過ぎて余ってしまった、なんていうタイプの本ではなく、ストランドには知的で活力に満ちた本がたくさんあった。こういう本は、世界中のどこよりもきっと、マンハッタンで買い手に巡り合えるはず――というのがこの店のコンセプトではないかと思う。

 確かに、僕は素晴らしい本の数々に出会った。例えばビリー・ザ・キッドの伝説の多くを突き詰めたディープな伝記や、世間の注目を集めたソ連のパブリック・モロゾフ少年のリンチ殺人事件(彼は1930年、秘密警察に実の父親を反共産主義者だと密告して逮捕させ、国民的ヒーローになったがその後すぐに殺害された)を歴史的に考察した本などだ。

 だけど、こうした本が名作だったというその事実こそが、僕を不安に陥れた。本の作者はきっと、何年もの歳月を費やして執筆にいそしみ、これらの本に全身全霊を傾けたことだろう。それでも、彼らの本はこの店で、他の何千冊の本と共に棚に並んでいる。買い手に巡り合えるかもしれない「地球上で最後の書店」で、必死になって見つけてもらうのを待っているのだ。

 当時、本を執筆していた僕は、ストランドを訪れるたびにどうにかなりそうだった。彼らのような目に遭わないなんて、どうして言えるだろうか。

■本の「大量殺戮」現場

 ニューヨークから故郷イギリスのエセックス州の田舎に移り住んだとき、僕はある意味ほっとした。いやむしろ、解放されたというべきかもしれない。本を執筆する空しさを思い知らされる、週に1度のあの時間から......。少なくとも最近までは。

 というのも、僕の家族が住む小さな町ティプトリーの歴史を調べているうちに、この町が今ではTBSとして知られる出版・流通大手のティプトリー・ブック・サービシズのかつての本拠地だったことが分かったからだ。

 社名は無味乾燥だが、同社の主要な業務の1つは、本をパルプ処理すること。1996年までに同社はかなり規模を拡大したため、イギリス中の売れ残り本の約3分の1を「処理」していた。あまりに数が多いので同社は30キロ離れた場所にある、より大きな社屋に移転した。

 本が紙くずにされる場所に進んで足を踏み入れようとする作家なんていないだろう。旧社屋のあった場所は、今では小売チェーンのテスコの店舗になっている。僕はテスコに行くたび、そうとは知らずに多くの罪なき本が命を落とした現場を歩き回っていたことになる。

 僕は分別ある人間として、出版と流通の経済の仕組み上は廃棄される本が出るのもしょうがないということは理解している(聞く話では本の良し悪しにかかわらず、イギリスで出版される本の10%は廃棄処分されているらしい)。でも物書きとしての僕は、その事実に愕然とする。本を破壊するという考えそのものに、どこか穏やかならぬものがある。

 実を言うと、NHK出版新書からこのほど、僕の新著『「イギリス社会」入門〜日本人に伝えたい本当の英国』が出版された。時間と労力を注ぎ込んだだけでなく、僕自身の分身みたいな作品でもある。

 僕はこれまで、自分の本が誰からも見向きされず売られなくなる羽目になるのを恐れてきた。でも今の僕は、皮肉な運命のいたずらによって、それよりももっとひどい事態を想像できるようになってしまった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

世界の石油市場、26年は大幅な供給過剰に IEA予

ワールド

米中間選挙、民主党員の方が投票に意欲的=ロイター/

ビジネス

ユーロ圏9月の鉱工業生産、予想下回る伸び 独伊は堅

ビジネス

ECB、地政学リスク過小評価に警鐘 銀行規制緩和に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story