コラム

ニューヨークの山谷と妹島和世

2010年04月19日(月)14時16分

 もはやニュースとはいえないが、日本の建築ユニットSANAA(妹島和世と西沢立衛)がこの3月、アメリカの権威ある建築賞プリツカー賞を受賞した。彼らの作品の1つであるニューヨークの新現代美術館を訪れたが、僕はかなり気に入った。モダン建築があまり好きではない僕がこうした建物を気に入るのは、とても珍しいことだ。

 コンテナを適当に積み重ねた、とでも言うべき概観をした新現代美術館は、中に入ると光にあふれる空間が広がっていて、街を見渡す素晴らしいテラスもある。

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 この博物館は、ニューヨークで僕のお気に入りの通り「バウリー」にある。10代の頃聴いた歌のなかに、「バウリー・バム」という歌詞が出てきたのを覚えている。何のことだろうと思っていたが、ようやく分かった。バウリーにはその昔、ホームレスやアルコール依存症の人が宿泊する施設がたくさんあったのだ(バムとはホームレスの意味)。今も、東京の山谷で見かけたような簡易宿泊所がいくつか残っている。

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 なぜだか僕はバウリーという「音」が好きだ。バウリーはオランダ語の農場(bouwerij)からきた言葉で、ここがかつて都市と北部の農場を結ぶ道路だったことに由来する。農場は町に飲み込まれたが、この名前はオランダからの移民が住み着いた場所だったことを少なからず思い出させてくれる。

バウリーは幹線道路として栄えたものの、19世紀にはさびれ、20世紀には「脱落者の中心地」となった。そのため大規模な開発が進まず、かつて栄えた時代の名残の建物の多くが今も残っている。新現代美術館のような新しい建物が加わるなかでこの特徴をいかに残すかが、今後の課題となるだろう。

 簡易宿泊所の中で魅力的な建物といえば、キリスト教系慈善団体が運営する「バウリー・ミッション」だ。エントランスを美しいステンドグラスが飾っている。

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 僕のお気に入りはバウリー貯蓄銀行の建物。現在ではイベントホールとして使われている。もう1つ、シチズンズ貯蓄銀行本店の建物もいい(今は英金融大手HSBCになっている)。

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 僕がバウリーを好きなのは、たぶん民族が雑多だからだろう。南側は中華街で始まり、少し北上するとバウリー・ポエトリー・クラブやバウリー・ボールルーム、アマート・オペラ・ハウス(個人が所有する小さな施設だが残念なことに昨年閉鎖された)などの文化的施設がある。アメリカのパンク音楽の中心である伝説的クラブCBGBもある(06年に閉鎖)。ホームレスもいるが、おしゃれなクラブやレストランも数多くある。

 キッチン用品を売っている店も多く、まるで東京の合羽橋みたいだ。自然食品スーパー、ホールフーズの大きな店もある。
 
 妹島と西沢の手がけた新現代美術館は、歴史ある面白い地区に新たな価値を加えたといえそうだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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