コラム

市長を動かしたパブの物語

2010年02月05日(金)13時16分


 15分だけなら誰でも有名人になれると言ったのはアンディ・ウォーホル。テレビが多チャンネル化した現代では、簡単にその「束の間の名声」が得られる。それでも、知り合いの姿をテレビで見るとちょっとワクワクする。

 先日、ニューヨーク市長に再選されたマイケル・ブルームバーグの所信表明をテレビで見ていたときのこと。市長のすぐ後ろに、顔見知りの男性が立っているのを見つけて驚いた。いつものジーンズにセーター姿ではなくてスーツを着ていたせいもあるが、何より彼は僕がよく行くパブのオーナー、ブライアンだったからだ。このパブは僕が住んでいるアパートと同じ通りにあり、イングランド・プレミアリーグのサッカーの試合を見るために、毎週末のように通っている店だ。

 なぜ所信表明の場所にブライアンがいるのか。それはブルームバーグ自身が説明してくれた。面白いことにその説明は、僕がかねてから疑問に思っていたことを明らかにしてくれるものでもあった。

 ブルックリンの16番通りに引っ越したとき、開店準備を進めているブリティッシュパブを見つけた(実際は、その6カ月以上も前に開店するはずだった)。僕は開店を待ちわびた。週末の朝早くから確実に営業していてサッカーを放送しているバーは、最短でも地下鉄で45分もかかる場所にしかなかった。

 時差のせいで、ニューヨークでプレミアリーグの試合中継が始まるのは午前8時より前になることもある。それに僕は本当に朝に弱い。そんな僕にとって、歩いて5分の所にあるパブがどんなにありがたい存在か分かるだろう。

 結局「ブラックホースという名前のパブがオープンしたのは、予定より8カ月も遅れてからだった。その理由は、多くの関係当局の許可を取るのに手間取ったから。ブライアンと共同経営者のイアンはその間、収入もないのに月額6800ドルの賃貸料を払い続けていた。彼の話では、各局が連携や調整をしてくれることなどまったくなかったという。

 市の消防局に建築局、環境保護局......。店を出すにはたくさんの許可が必要だが、許可を得る順番が決まっている。ガスや電気などは、消防局の許可なしに引くことはできない。どんなに小さな問題があっても許可は下りない。問題が明らかになるとそれを直し、改めて再調査を受け、その後でやっと次の部門に行くことができる。

「これでは事業主たちは、酒でも飲まなきゃやってられないだろう」と、ブルームバーグが演説で飛ばしたジョークのとおりだ。

 ブライアンらは、各局が連携して手続き上の無駄をなくしてほしいと訴えてきた。それがようやく認められたのだ。ブライアンは後に、1年近くも苦労してきた自分たちにとっては決定は遅過ぎたが、手続きの見直しは新たな事業の助けとなるだろうと話してくれた。

 僕は、ニューヨークはビジネスにやさしい都市だと思っていた。だからこの都市で、お役所仕事が小規模ビジネスを縛っている実態を聞くのは興味深かった。アメリカの役所も小うるさい存在だったのだ。

 ブライアンのパブをめぐる話は、いかにもブルームバーグらしい功績だ。彼は過ちを見抜き、それに基づいて行動し、確実に自分の手柄に変えることができる賢明な政治家だ(だからこそ彼は、ブライアンを所信表明演説に呼んだ)。

 僕も日曜の朝に45分も地下鉄に揺られることなく、1ブロック歩いただけでサッカーを楽しめるようになった。ブルームバーグは演説で、近いうちにブルックリンのパークスロープ地区を訪れて夕食を取り、ブラックホースにも寄るつもりだと語った。店で会えたら1杯くらいおごってやろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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