コラム

歌にみるアイルランド in NY

2009年09月14日(月)12時33分

 ニューヨークについての歌はたくさんある。多くの人――とりわけ移民たち――は、フランク・シナトラの「ニューヨーク・ニューヨーク」を自分自身のテーマソングだと思っている。生まれながらのニューヨーカーは、ビリー・ジョエルの「ニューヨークの想い」を愛してやまない。僕はニューヨークについての歌やニューヨークが舞台になった歌だったら、20曲くらいはパッと思い浮かべられる。

 だがここ2、3週間、1曲の歌が頭から離れない。あまり有名ではない歌だが、これまでに数人のアーティストがカバーしている。
 
 その歌とは「ニューヨークがアイルランドのものだった頃(When New York was Irish)」。初めて聴いたのは91年で、アイルランドで休暇を楽しんでいるときだった。このときに聴いたのは男性ボーカルが歌うものだったが、僕が1番好きなバージョンは、その数年前に発表されたオリジナル版だ(YouTubeでも聴くことができる)。

 この歌は、前々回のブログで僕が書いたこと、つまりアイルランド人がどうしてニューヨークに来て、どうやって成功したかを歌っている(歌詞には僕の祖先が住んでいたアイルランド西部メイヨー州も出てくる。頭から離れないのもわかるだろう)。

 この歌を作ったのはアイルランド系アメリカ人ではあるが、まさに典型的なアイルランド音楽といっていい。第1にメロディーが心地よくて、覚えやすい。何度も聴かなくてもすぐに覚えられる。それから歌詞がシンプルで、口ずさみやすい。韻文の詞があって、コーラスが入って、また韻文の詞があって......と、形式も単純(歌詞はアイルランド系がニューヨークで大手を振るっていた時代を懐かしむ内容だ)。

■ハッピーな歌でも旋律や歌詞に悲しみが漂う

 典型的なアイルランド音楽といえるもう1つの理由は、悲しい歌だから。もっと有り体に言うと、郷愁をそそるのだ。それこそアイルランドの民族音楽の特徴で、古典的なアイルランドの歌(「ダニー・ボーイ」「リービング・オブ・リバプール」など)の多くは離別や喪失を歌う。

「ニューヨークがアイルランドのものだった頃」のようにハッピーな内容だとしても、曲にも歌詞にもどこか悲しみが漂う。栄光の日々は過ぎ去り、思い出すことしかできない、もうその古き良き時代には戻れないと嘆いている。

 イギリスの人気作家ニック・ホーンビィは冗談交じりにこう書いたことがある。子供にポップ音楽を聴かせるのは危険だと(「子供たちが傷心や拒絶、苦しみや悲嘆、喪失についての歌をそれこそ何千曲も聴くことを心配する人はいない」と彼は書いた)。アイルランド音楽にも、ホーンビィの視点はそのまま当てはまるだろう。

「私たちがニューヨークを作った」という歌詞にも、ニューヨークらしさが現れている。われこそがこの街を動かしていたと主張する民族は少なくないが、その主張が裏付けに欠ける点ではみな同じだった。

 もっとも、この歌にはいくつかの真実も盛り込まれている。歌詞にあるようにニューヨークにはアイリッシュバーがたくさんあり、アイルランド系アメリカ人の消防士が多い。ブルックリンのベイブリッジという地名が出てくるが、ニューヨーク中心地からかなり離れたこの地区には、今も多くのアイルランド系家族が暮らしている。

 僕がアイルランドについて語るのが嫌でないなら、どうぞYouTubeで「ニューヨークがアイルランドのものだった頃」を聴いてみて欲しい。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米税務事務所アンダーセン、上場で時価総額17.5億

ビジネス

ドイツの企業経営破綻、25年は前年比8.3%増で1

ワールド

白人至上主義は南アの主権を脅かす=ラマポーザ大統領

ワールド

タイ、領内のカンボジア軍排除へ作戦開始 国境沿いで
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    米、ウクライナ支援から「撤退の可能性」──トランプ…
  • 10
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story