コラム

デジタル紛争の新たなステージ:イスラエルとハマスの情報戦が示すサイバー戦の進化

2023年11月07日(火)14時11分

イスラエルのサイバー能力

イスラエルのサイバー能力は高く、多数の世界的なサイバーセキュリティ企業およびサイバー軍需企業を生み出している。たとえばチェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズ、パロアルトネットワークス、サイバーアーク、サイバーリーズンなどの名前を聞いたことのある方もいると思う。これらはいずれもイスラエル国防軍(IDF)8200部隊出身者が創立している。8200部隊出身者が興した企業は千社を超える。

サイバー軍需企業やネット世論操作企業の多くも、8200部隊出身者によって設立されている。スパイウェアで有名なNSOグループの創業にも関与している。

8200部隊はイスラエル国防軍(Israel Defense Forces、IDF)の組織で、イスラエル参謀本部諜報局(Military Intelligence Directorate 、Aman)の下部組織である。母体となる組織は以前から存在していたが、8200部隊として活動を開始したのは第4次中東戦争(1973年)後である。

高いサイバー戦能力を持ち、アメリカとイスラエルがStuxnetと呼ばれるマルウェアを用いてイランの核施設を攻撃した作戦(オリンピック・ゲームズ)にも関わったとされている(イスラエルは認めていない)。

所属メンバーは数千人で、情報収集能力は他のイスラエルの諜報機関(モサドなど)を凌駕(りょうが)する。「イスラエルのNSA(アメリカ国家安全保障局)」と呼ばれることもある世界最強の諜報機関のひとつであるが、活動の全貌はいまだに明らかにされていない。イスラエルでは18歳から兵役があるが、8200部隊はその中でもっとも優秀な者を採用すると言われている。イスラエルにおけるIT技術開発でも中心的な役割を担っている。

最近、イスラエルへの批判が欧米各国でも見られるが、もしイスラエルが「民主主義の仲間」でなくなることは、欧米にとってリスクだ。なぜなら欧米各国のクリティカルな部分でイスラエル由来の企業の製品が使用されていることも多く、欧米の企業や組織には多数の8200部隊出身者が関与している。そこからデータが漏洩していたり、バックドアが仕込まれるようなったら大きな問題となる。もちろん、イスラエルが自国由来の民間企業から情報収集していないと考えないのか? という素朴な疑問は以前からある。欧米当局がイスラエルの活動について知っていながら、インドと同様に蓋をしてあたかもないように振る舞っている可能性は少なくない。

サイバー軍需企業に関しては企業の数や活動の実態が必ずしも明らかではない。確実なのは高度な技術を持つ企業が多数存在していることだ(もちろん高度な技術を持たない企業やオペレーションが稚拙な企業もある)。筆者は以前、こうした企業を紹介したことがあり、それらを今回まとめようと思ったが、数が多すぎて断念した、というくらいには多い。この連載でもマルウェアなどを使わず電話とSMSを盗聴できるQ Cyber Technologiesやアメリカ中央軍から受託したネット世論操作を失敗したMind Farce社を紹介したことがある。

こうした企業の活動は、レポートやメディアの暴露で明らかになることも多い。2022年にはNSOグループの暴露やアメリカ中央軍がイスラエルのネット世論操作企業に依頼した作戦の失敗、今年に入ってからはネット世論操作企業Team Jorgeの暴露があった。Team Jorgeは20カ国33の選挙に介入し、27で成功を収めており、ケンブリッジ・アナリティカとも協業していた。Advanced Impact Media Solutions(Aims)というネット世論操作のシステムを販売している。

このシステムはTwitter、LinkedIn、Facebook、Telegram、Gmail、Instagram、YouTube上の3万の偽ソーシャルメディア・プロフィールのアカウントをコントロールしている。一部のアバターは、クレジットカード、ビットコインウォレット、Airbnbアカウント、アマゾンのアカウントも持っている。詳細は不明だが、人間の行動を模倣しており、人工知能が投稿を行っている。日本語を使用する作戦もあったので、海外からの対日本作戦あるいは日本国内の政党によるネット世論操作があったのかもしれない。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウクライナへのトマホーク供与検討「して

ワールド

トランプ氏、エヌビディアのAI最先端半導体「他国に

ビジネス

バークシャー、手元資金が過去最高 12四半期連続で

ビジネス

米、高金利で住宅不況も FRBは利下げ加速を=財務
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story