コラム

デジタル紛争の新たなステージ:イスラエルとハマスの情報戦が示すサイバー戦の進化

2023年11月07日(火)14時11分

イスラエル当局は2017年に開始したパブリック・ディプロマシー強化作戦4ILの一環として、Act.ILというアプリをリリースしている。これは世界中のイスラエル支持者を団結させ、真実を広めるためのものとされている。このアプリは利用者にイスラエルのイメージを向上させるためのミッションを与える。ほとんどのミッションはSNSに親イスラエルの投稿を行うことだ。Act.ILには投稿の元ネタになるような情報(画像、動画、ミームなど)がライブラリとして提供されている。このアプリが過去の紛争に際して親イスラエルのキャンペーンを行ったことがデジタル・フォレンジック・リサーチ・ラボのレポートで明らかになっている。

また、イスラエル政府はグーグルから検閲機能つきのサーチエンジン(事実上のAI監視システム)の提供を受けようとしていたこともわかっている。ネット世論操作において国内の監視と操作は必須であり、その点でもイスラエルは長けている。ちなみにNSOグループ以外の暴露について、日本ではほとんど記事化されていない。

ハマスに比べると、イスラエルは規模が大きく、民間企業およびハクティビストなどのプロキシや関連組織も多岐にわたり、全体像がつかみにくい。

世界に拡散する紛争

ロシアのウクライナ侵攻以来、紛争へのハクティビストなどの参戦が増加しており、今回の紛争にも多数のアクターが双方の陣営に参加している。そして、検証されない成果をネット上で披露している。親ロシアのハクティビストのAnonymous SudanやKillnetがパレスチナ支持で参加しており、AnonGhostはロケット弾のアラートを提供するアプリの脆弱性を利用して、誤報を送信していた。

そのほかにロシア、中国、イラン、インドの関与のネット世論操作が確認されており(インドに関しては確定ではない)、混沌とした状況となっている。

ウクライナ侵攻がそうだったように、今回の紛争でもサイバー攻撃が世界に拡散する兆しを見せている。すでに30のグループがSNS上で今回の紛争について発言しており、サイバー攻撃の矛先がどちらを支持した国にも広がる可能性を見せている。リアルの世界での世界大戦は第二次世界大戦以降起きていないが、サイバー空間では国際紛争のどちらの当事国を支持したかによって世界を二分した攻撃が繰り広げられるようになってきている。烈度は別として範囲では一瞬で世界規模にエスカレーションする。

ichida20231107aa.jpg

・偽情報が氾濫する

画像や動画を中心とした偽情報がSNSで氾濫し、大手メディアや政治家もそれを拡散することがある。

・ロシア、中国、イランが片方を支持し、SNSなどを通じて拡散する

ロシア、中国、イランが親パレスチナ、反イスラエルおよび今回の件にからめてのアメリカ批判の発言を政府関係アカウントや国営メディアなどを通じて拡散していたことが、X、Telegram、YouTube、フェイスブック、Instagramの投稿をモニターしているAlliance for Securing Democracy(ASD)のHamiltonダッシュボードで確認されている。

ロシア、中国、イランの3国は国際的に注目を浴びることが起きると、それを利用して反アメリカなどの発言に結びつけることが多い。時には自国の正当性を主張することに利用する。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相の解散判断「容認」、議員定数削減前でも=吉

ワールド

米が111億ドルの武器売却手続き開始、台湾国防部発

ワールド

トランプ米政権、一部帰化者の市民権剥奪強化へ=報道

ワールド

豪ボンダイビーチ銃撃、容疑者親子の軍事訓練示す証拠
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story