コラム

ネット経由で世論を操作する「デジタル影響工作」の世界でも「ナノインフルエンサー」は活用されていた

2023年02月17日(金)19時50分

現在、多くのメディアはSNSからネタを拾っており、そのきっかけのひとつがSNSプラットフォームに掲載されるトレンドである。取材はおろか実際の閲覧数や反応を確認もせずに記事を書く記者も少なくないため、この作戦は成功することが多い。そしてメディアに掲載されることで、多くのエンゲージメントを稼ぐことができる。この手法はおそらくマーケティングとデジタル影響工作での違いはなく、違っているのは拡散するコンテンツとクライアントだけだろう。

民生用と軍事用の両方に使える技術や製品をデュアル・ユースと呼ぶが、ナノインフルエンサーはマーケティングとデジタル影響工作の両方に利用できるデュアル・ユースな存在になっている。さらに政治関係のマーケティングとデジタル影響工作の間にほとんど違いはなく、透明性の有無や目的、違法性が異なるくらいだ。デジタル影響工作の場合、透明性(仕掛けていることや仕掛けている主体を明示しない)がなく、目的は相手陣営を貶めることや選挙妨害(投票を控えさせたり、誤った投票場所を伝えるなど)も多い。そして、SNSの利用規約や法律に反していることもある。

大量生産されるナノインフルエンサーたち

ナノインフルエンサーはさまざまなSNSプラットフォームで日々大量生産されている。ボットで定期的につぶやいたり、自動応答を利用している人も珍しくない。占いなど一部のサービスも毎日同じ時間に勝手にツイートしたりする。こうしたツールが手軽に使えるようになったことで、誰でも簡単にデジタル影響工作の工作要員になれるようになった。SNSプラットフォームそのものにもナノインフルエンサーを生み出す仕組みが存在する。

SNSプラットフォームには、利用者を管理し、行動を誘導するための3つの機能が備わっている。一部は完全自動化され、一部は人手に頼っている。
・誘導 アクセスや行動を誘導する仕組み
・監視 利用者の投稿内容や行動をチェック
・賞罰 エンゲージメントが多ければ報酬などを提供し、監視で問題があればアカウントもしくは記事を削除あるいは警告

ichida0217bb.jpg


実はこれらの機能は権威主義国が自国民を管理するための仕組みとほぼ同じで、むしろSNSプラットフォームの方が完成度が高いくらいだ。

SNSではネガティブな情報の方が拡散しやすいことは複数の調査が明らかにしている。それとこの仕組みを合わせると、ネガティブな情報を発信する利用者が優遇されることになる。

一度ネガティブな情報の発信者が優遇されるようになってしまうと、SNSプラットフォームはそちらのコンテンツに人を誘導するので、さらにそれらのコンテンツの優位は確たるものとなり、アクセスを取りやすいコンテンツを発信する人が増え、ナノインフルエンサーが大量に生まれ、その中の一部がより多くのフォロワーを抱えるインフルエンサーになってゆく。

意図的に抑制しないと、このフィードループはどんどん強化する方向に向かう。SNSが陰謀論、反ワクチン、ヘイト、誹謗中傷の温床になったのは当然の結果だった。この点も相手陣営を攻撃したり、混乱を引き起こすことが目的であることの多いデジタル影響工作に向いている。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story