コラム

サイバー諜報企業の実態 人権活動家やジャーナリストを狙って監視・盗聴

2021年02月08日(月)17時30分

サイバー諜報企業のリーディング企業 イスラエルNSOグループ

数あるサイバー諜報企業の中でも特筆すべきはNSOグループだ。トロント大学のCitizenLabは「RECKLESS」と題する一連のレポート(現在、パート8まである)で、NSOグループのメキシコにおける活動を暴いている。

ドラッグカルテルや犯罪組織を調査していたRío Doce紙の共同創業者Javier Valdez CárdenのスマホがNSOグループのマルウエアPegasusに感染し、2017年5月15日に車に乗っていたところを襲われて殺された。Pegasusに感染してしまうとスマホの位置や通信内容までを相手に知られてしまう。暗殺にはきわめて有用だ。

この他にもソーダに関する税金を支持していた公衆衛生の担当者がPegasusに感染させられるなどの事件が起きている。メキシコには複数のPegasusオペレータ(Pegasusを操作している主体=通信から特定)があることがわかっている。メキシコ政府のどこかの部局であることはほぼ確実と見られているが、その先はまだ特定できていない。

2019年の段階でPegasusはメキシコの他に、カナダ、サウジアラビア、イギリス、アメリカなどで発見されており、ジャーナリストを始めとして28人がターゲットとなっていたことがわかっていた。

たとえば、New York Timesの記者Ben HubbardはNSOグループのPegasusに感染させられ、盗聴されていた。2018年に暗殺されたサウジアラビアのジャーナリストJamal KhashoggiもPegasusで監視されていたことがわかっている。

2020年の7月と8月にはアルジャジーラのジャーナリスト、プロデューサー、アンカー、経営者やロンドンのAl Araby TVのジャーナリストなど36名がPegasusに感染した

NSOグループによれば販売先は政府機関だけであり、その利用はテロの防止などの用途に限定されているはずだが、前述のように暗殺を含めた言論封殺に用いられていることがわかっている。アメリカの電子フロンティア財団はNSOグループの活動に何度か警告を発し、告訴も行っている。

冒頭でご紹介したQ Cyber Technologiesは2008年に創業し、2014年にFrancisco Partners(NSOグループの親会社)に買収され、NSOグループと結びついた。CirclesはSS7のローミングに関する脆弱性を突いて攻撃を行う。システムを購入して自前の設備にインストールするか、世界中の通信会社に接続されているCircles Cloudと呼ばれる同社のサービスを利用する。同社は、Circles Bulgariaといったニセの通信会社も保有している。現在、少なくとも25カ国がCirclesの顧客となっており、グァテマラ、タイなどの国でジャーナリストや人権活動家などをスパイするために用いられている。ナイジェリアでは知事が敵対政治家をスパイするために購入していたこともわかっている。

CitizenLabが明らかにした25カ国は以下である(カッコ内は組織名)。オーストラリア、ベルギー、ボツワナ(Directorate of Intelligence and Security Services)、チリ (Investigations Police)、デンマーク(Army Command)、エクアドル、エルサルバドル、エストニア、ギアナ、グァテマラ(General Directorate of Civil Intelligence)、ホンジュラス(National Directorate of Investigation and Intelligence)、インドネシア、イスラエル、ケニア、マレーシア、メキシコ(Mexican Navy; State of Durango)、モロッコ(Ministry of Interior)、ナイジェリア(Defence Intelligence Agency)、ペルー (National Intelligence Directorate)、セルビア(Security Information Agency)、タイ(Internal Security Operations Command; Military Intelligence Battalion; Narcotics Suppression Bureau)、UAE(Supreme Council on National Security; Dubai Government; Royal Group)、ベトナム、ザンビア、ジンバブエ。

Circlesのクライアントに中国やロシアはない。これは両国がSS7の脆弱性を利用した位置の特定や盗聴を行っていないということではなく、自前でSS7の脆弱性を利用するシステムを保有していると考えた方が妥当であろう。SS7脆弱性と攻撃方法については、CitizenLabのレポートやカスペルスキーの記事が詳しい。

NSOグループの活動を暴いたCitizenLab自身がターゲットになった事件も発生している。2019年1月25日、CitizenLab代表のRon Deibertは研究員2名に対するスパイ行為についての声明を公開した。CitizenLabとAP通信社が共同で調べた結果、相手はCitizenLabの信用を失墜させようとしておりNSOグループに関する言及が多かった。また、接触してきたのはハーヴェイ・ワインスタイン事件で暴かれたイスラエルの民間のスパイ代行会社BlackCube社の手口に酷似していた。The New York Timesの調査で2度目の接触に現れた男が同社の人間だということまではわかっている。直接の証拠こそ見つからなかったものの、NSOグループの関与が強く疑われる事件だった。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米総合PMI、12月は半年ぶりの低水準 新規受注が

ワールド

バンス副大統領、激戦州で政策アピール 中間選挙控え

ワールド

欧州評議会、ウクライナ損害賠償へ新組織 創設案に3

ビジネス

米雇用、11月予想上回る+6.4万人 失業率は4年
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「日本中が人手不足」のウソ...産業界が人口減少を乗…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story