コラム

米中国間でバランスを取って生き残る時代──EUと中国が締結した包括的投資協定の持つ意味

2021年01月07日(木)17時40分

2020年12月30日、ベルギーのブリュッセルで開催されたビデオ会議...... REUTERS/Johanna Geron

<12月30日、中国とEUは包括的投資協定に合意。EU各国は、部分的にアメリカとの関係を強化することはあっても、アメリカと協調して中国を排除する可能性はほとんどないということを今回の包括的投資協定は見せつけた...... >

2020年12月30日、中国とEUは包括的投資協定(Comprehensive Agreement on Investment=CAI)に合意した(日本貿易振興機構、2021年01月05日)。

この合意の発表はアメリカの次期大統領ジョー・バイデンが正式に就任する前のタイミングだった。アメリカ大統領選挙後に中国は交渉を加速し、年内合意にこぎつけた。事前にバイデン陣営がEUに警告を発したにもかかわらず、EUはそれを受け入れた(The New York Times、2021年1月3日)。

包括的投資協定の資料をEUが公開している。おおまかな内容については、「EU AND CHINA COMPREHENSIVE AGREEMENT ON INVESTMENT」(2020年12月30日)がコンパクトに1枚にまとめられていてわかりやすい。また、いわゆる「FAQ」(2020年12月30日)もまとめられている。そこには今回盛り込まれなかった投資保護協定を2年以内に締結することも書かれている。

包括的投資協定は、EUと中国に互いの市場へのアクセスを広げるものだが、もともとEUの市場は開かれており中国側のメリットはあまり大きくない。EUには大きなメリットがあった。中国の電気自動車、医療、不動産、広告、海運、クラウドなどの事業展開が可能となった。さらに中国は強制労働問題や気候温暖化への対応や国有企業の公正さと透明性の向上などを約束し、大きく譲歩している。

今回の合意にはさまざまな意見が出ているが、経済的な恩恵が大きいのはEU側で、中国側は政治外交的メリットを得たとする見方が多い。実際に発効するには欧州議会の批准手続きが待っており、そこで難航する可能性も高く、場合によっては撤回される可能性もある。それでもはっきりしているのは、EUが「アメリカと中国とバランスをとってつきあう」姿勢を打ち出し、中国がEUとアメリカの関係およびEU内部の亀裂を広げることに成功したことだ。

中国とEUの関係

これまでのEUと中国の関係に簡単に触れておきたい。EUと中国が外交関係を結んだのはまだ欧州経済共同体(EEC)だった1975年に遡る。経済協力から始まり、包括的な政治経済的な協力関係に発展、2013年11月にはEUと中国の2020年までの協力戦略アジェンダが開始され、広範な協力関係を続けてきた。

そして2019年3月12日にEUは対中国への姿勢「EU-China: A strategic outlook」をまとめた。中国との関係を強化すべきという方針のもとに互恵的な経済関係を進め、国際的なルールや安全保障、気候温暖化への対応を求めることになっていた。今回の協定の内容はほぼ規定路線だったとも言える。問題はタイミングだ。

現在、中国にとってEUは最大の貿易相手であり、EUにとって中国は2番目に大きな貿易相手となっている。2020年6月にEUが中国との関係についてコンパクトにまとめたファクトシートがあるので関心ある方は参照いただきたい。アメリカ議会図書館議会調査局(Congressional Research Service,CRS)にもコンパクトに2枚にまとめられた資料がある

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EU、Xに1.4億ドル制裁金 デジタル法違反

ビジネス

ユーロ圏第3四半期GDP、前期比+0.3%に上方修

ワールド

米、欧州主導のNATO防衛に2027年の期限設定=

ビジネス

中国の航空大手、日本便キャンセル無料を来年3月まで
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story