コラム

日本製品は安いけれど劣悪、アラビア語の「日本製」は「尻軽女」を意味していた

2019年09月27日(金)18時00分

実際、吉田使節団後の日本と中東との関係を見てみると、政治的な関係よりも経済的な関係のほうが圧倒的に大きい。吉田のあと、1896年にイラクを訪問した日本陸軍の情報将校、福島安正は、すでにイラク南部のバスラで大量の日本製マッチが売られていたことを発見している。しかも、品質は劣悪で、日本の商人たちが、目先の利益しか考えず、あくどい商売を行っていると批判しているのだ。

日本と中東の関わりというと、多くの人が石油を思い浮かべるだろう。しかし、実際には中東で石油が発見されるずっとまえから、日本は中東の各地域と強力な経済関係を構築していたのである。20世紀に入ると、日本の中東進出はさらに加速し、1920年代にはイラクを含む大半のアラブ諸国で日本は主要貿易相手国にまでなっていた。意外と知られていないが、たとえば、イラクでは1920年代からアサヒビールまで売られ、人気を博していたのだ。

もちろん、日本は、石油がいかに重要であり、そして中東で油田が発見されるかもしれないことを十分理解していた。イラクにおける油田発見は1927年だが、それ以前に有名な地理学者の志賀重昂や地質学者の金原信泰、日本石油や帝国石油の幹部を務めた大村一蔵らがイラクを訪問、イラクにおける石油の可能性に言及しているのだ。

たしかに、この時期、アカデミズムや軍、外務省、商工省(現在の経産省)は石油からみた中東の重要性を盛んに喧伝しており、それもあって日本国内で一種の中東ブーム、イスラーム・ブームのようなものも起きていた。

hosaka190927iraqjapan-3.jpg

青森県新郷村にある「キリストの墓」とされる墓(筆者撮影)

巷では、欧米列強の植民地支配に苦しめられていた中東や中国のムスリム(イスラーム教徒)たちが日本に期待し、日本をアジアのリーダーと考えているなどといった言説も氾濫していた。このころ日本ユダヤ同祖論を主張した酒井勝軍やキリストが日本で死んだと唱えた山根キクなど、日本と中東を無理やり結びつけるトンデモ説が現れたのはこうした「ブーム」と無関係ではないだろう。

ちなみに、当時、日本における数少ないイスラーム世界の専門家と目されていた外交官の笠間杲雄は、日本がリーダーとなるべきだと考えているイスラーム教徒などほとんどいないと冷静に分析し、こうした浮ついた風潮に警鐘を鳴らしている。

イラクの街中は今、チープであやしげな中国製品で満ち溢れている

前述のとおり、1920年代後半から1930年代にかけて日本は、大半の中東諸国で最大の貿易相手国の一つになっていった。ただし、日本製品はほとんど、いわゆる「安かろう悪かろう」で、値段は安いけれど品質は劣悪というものであった。しかも、それが洪水のように市場を席巻したため、あちこちで摩擦を起こしていたのである。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

エヌビディア決算に注目、AI業界の試金石に=今週の

ビジネス

FRB、9月利下げ判断にさらなるデータ必要=セント

ワールド

米、シカゴへ州兵数千人9月動員も 国防総省が計画策

ワールド

ロシア・クルスク原発で一時火災、ウクライナ無人機攻
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋肉は「神経の従者」だった
  • 3
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく 砂漠化する地域も 
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 6
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で…
  • 7
    『ジョン・ウィック』はただのアクション映画ではな…
  • 8
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    株価12倍の大勝利...「祖父の七光り」ではなかった、…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 7
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 8
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 9
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 10
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story