コラム

マイケル・ジャクソン=イスラーム改宗説を思い出す

2017年01月24日(火)16時33分

Hamad I Mohammed HM/AA-REUTERS

<カタル(カタール)人の富豪と結婚したジャネット・ジャクソンが、イスラーム風だが実はアディダス製のポンチョを着ていた。そういえば、ジャクソン家の三男ジャーメインはイスラームに改宗していたし、マイケルも一時期、バハレーン(バーレーン)で暮らしていたのだ> (写真はマイケルの兄ジャーメイン〔左〕ら。2004年、バハレーンを訪れた際の写真)

 昨年末にペルシア湾の小国カタルとバハレーンを訪問したとき、ふとマイケル・ジャクソンと妹のジャネット・ジャクソンのことを思い出した。大半の人たちにとって、キング・オブ・ポップとその兄弟姉妹の、小さな湾岸諸国との関係などどうでもいいことだろう。しかし、熱狂的なファンと一部の湾岸研究者にとってはそうではない(はずだ、たぶん、きっと)。

 昨年10月、たまたまアラビア語のニュースを見ていたら、衝撃的な写真に出くわした。ジャネットが、2012年ごろに結婚した夫、ウィサーム・マーネァと仲良く手をつなぎながらロンドンの町を歩いているのだが、問題はジャネットの体形と服装である。相当丸くなった体形は、その直前に妊娠したことが明らかになっていたので、そのせいだろう。一方、服装のほうは、黒い、頭からすっぽり全身を覆う、ムスリム女性のアバーア(あるいはアバーヤ、アバヤとも)を思わせるものだった。

 実は彼女の夫、ウィサームは、カタル人の富豪で、当然ムスリムである。したがって、ジャネットがウィサームと結婚して、イスラームに改宗したというのは自然なことといえよう。これについてメディアの多くは、ジャネットが敬虔なムスリムとなり、イスラームの服装規定を遵守しているとの観測記事を書いていた。

 彼女が敬虔かどうかは不明だが、アバーアらしき服は、幸か不幸かアバーアではなく、実はアディダス製のポンチョであったことが判明する。だが、これについてメディアを批判することはできない。この時点で彼女の改宗は知られていたし、シルエットは、まさにアバーアそのものであった。実際、中東で暮らした経験をもち、アバーアを見慣れたはずの筆者ですら、ジャネットがアバーアを着ていたと見間違えてしまったのである。先入観が、事実を歪めてしまう典型的な例であろう。

 ちなみに彼女は今年1月3日に無事男の子を出産、その子はイーサー・マーネァと名づけられた。英語の報道では、この名前がヘブライ語で「ヤハウェ(神)は救済である」を意味するといった解説が出ている。この説明は二重の意味でおかしい。「イーサー」は元を辿れば、ヘブライ語だが、イーサーという発音自体はアラビア語の発音である。たしかに元のへブル語「ヨシュア(イエホーシューア)」は「ヤハウェは救済」を意味しているが、アラビア語ではその意味はほとんど忘れられており、一般的には「イエス」あるいは「ジーザス」(つまり、イエス・キリスト)」のアラビア語訳と理解される。キリスト教の創設者の名前だが、イーサーとすれば、イスラーム教徒の名前としてもごく一般的なものである。

 さて、話はかわる。ジャクソン家でイスラームに改宗したのは彼女がはじめてではない。実はジャクソン家の三男で、マイケルとジャネットの兄であるジャーメインが1989年ごろにイスラームに改宗しているのだ。これは、彼の中東ツアーでバハレーンを訪問したことがきっかけといわれている。改宗したことで、ジャーメインはムハンマド・アブドゥルアジーズというムスリム名をえた。もともとジャクソン家は、エホバの証人の信者であり、改宗してしばらくのあいだは惰性のような信仰しかなかったようだが、しばらくのちにサウジアラビアのマッカで小巡礼(ウムラ)を行い、イスラームへの関心を急速に高めっている。

【参考記事】死と隣り合わせの「暴走ドリフト」がサウジで大流行

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ワールド

ウクライナ南部オデーサに無人機攻撃、2人死亡・15

ビジネス

見通し実現なら利上げ、不確実性高く2%実現の確度で

ワールド

米下院、カリフォルニア州の環境規制承認取り消し法案
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story