コラム

菅の謝罪は日本の国益だ

2010年08月17日(火)17時26分

 8月10日、菅直人首相は韓国併合100年に関する談話を発表した。「歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います」

 菅は、日本の「植民地支配」が韓国に与えた苦しみを認めて謝罪。さらに、朝鮮半島由来の文化財を返還することも約束した。

 日本の指導者はたびたび過去の行為について謝罪しており、その膨大なリストにまた新たな項目が付け加えられたという皮肉な見方は、当然ある。そもそも、これ以上謝罪を繰り返したところで、日韓関係や日本のアジアでの立場の改善に役立つとも思えない。
 
 一方、政治家の「自虐的」な言動を批判してきた日本の保守派は、この談話に猛烈に反発している。産経新聞は翌11日の社説で、菅首相の「一方的な歴史認識」を厳しく批判した。

■右派の歴史認識は矛盾だらけ

 もっとも、右派の歴史修正主義者が反発している相手は韓国というよりも、日本の国内政治だ。彼らの反応は非常にナルシスト的だ。日本の帝国主義によって傷ついた人々に謝罪することで、日本は何を失うというのか。

 菅も指摘したように、真実を包み隠さずに語り、自身の失敗を率直に認めることは弱さの表れではない。確かに日本の指導者は近隣諸国への謝罪を繰り返しているが、保守派が村山談話をはじめとする謝罪の正当性に疑問を呈するからこそ、歴代首相が新たな謝罪をする羽目に追い込まれるのだ。

 歴史修正主義者に言わせれば、国家のプライドを保つには「適切」で「真実に基づいた」歴史認識が不可欠なのに、左派の学者やメディア、小心者の政治家が足を引っ張っているという。だが、都合のいい事実だけを選び出した彼らの歴史認識は矛盾だらけ。被害を受けた国々の言い分を軽視し、日本は欧米諸国の帝国支配の終焉を加速させた善意の支配者だったという虫のいい主張をするのは、あまりに日和見主義的だ。

 もちろん、自国の非道行為について都合のいい解釈を広めようとするのは、日本の修正主義者だけではない(原爆投下に関するアメリカがいい例だ)。それでも、彼らの主張が日韓・日中関係の改善において常に障害になっているのは間違いない。

■誠実な謝罪に潜む戦略的な思惑

 菅が明確に語ったように、良好な日韓関係は今後もずっと不可欠だ。菅が誠実に謝罪したことは疑いようがないが、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領も緊密な日韓関係構築に関心を寄せていることを考えれば、今回の謝罪には戦略的なメリットもある。昨年、政権交代を果たして以降、民主党はアジア各国との距離を着実に縮めており、菅の謝罪もその流れの一環だ。

 だとすれば、謝罪をめぐる論争は、相反する2つの世界観の衝突だ。菅政権に言わせれば、日本の未来はアジアにあり、主要国との連携は不可欠だ。韓国に改めて謝罪することで日本の地位が強化され、韓国やアジア諸国との交流の障害を取り除けるのなら、謝罪の代償など微々たるものだ。

 一方、修正主義者にとっては、国家の罪を明確に認めるのは「自虐主義」の表れであり、日本の指導者には中国を相手にアジアの覇権争いをする力がないことを示唆している。

 菅の見解が戦略的だとすれば、修正主義者の主張は絶対主義的だ。万が一、権力の座にある人間がそうした考え方に染まったら、日本はアジアで孤立し、自滅するだろう。

■菅と李が果たすべき任務とは

 実際には、日本政治が修正主義的な考え方を採用するリスクは極めて低い。近年の日本の首相の中で最も修正主義者に近い保守派の安倍晋三でさえ、強力な日韓・日中関係の価値を認識しており、歴史問題では譲歩も辞さなかった。2007年に安倍が首相を辞任して以降、修正主義者は日本政界の周辺に追いやられ、民主党政権下での影響力はないに等しい。

 菅の謝罪を受け入れるかどうかは韓国次第だが、そこには国家間の謝罪について回る問題がある。どれほど誠実に謝罪しても(そして、どれほど誠実に謝罪を受け入れても)、自分の後継者に同じ姿勢を強要するのは難しいという問題だ。

 それでも、日韓関係を一段と強化することで、菅と李は一つの任務を果たすことができるだろう。歴史問題を政治的に利用しようとする両国の政治家の影響力を最小限に抑えるという重要な任務だ。
 

[日本時間2010年8月13日01時47分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

IMF、世界成長率を下方修正へ 金融支援需要は最大

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、米株高の流れで 足元は5

ビジネス

IMF、世界成長率を下方修正へ 金融支援需要は最大

ワールド

中国車参入の事実上禁止措置、見直す計画ない=米US
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡散──深まる謎
  • 4
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 5
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 6
    戸建てシフトで激変する住宅市場
  • 7
    高学力の男女で見ても、日本の男女の年収格差は世界…
  • 8
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 9
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 10
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで代用した少女たちから10年、アジア初の普遍的支援へ
  • 4
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 7
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 8
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story