コラム

日本が無視できない、トルコショックが世界に波及する可能性

2018年08月28日(火)17時30分

ILLUSTRATION BY NINEFERA-SHUTTERSTOCK

<90年前の世界恐慌と今の危機には、類似点がある。アメリカとトルコの対立が地球規模の景気後退を招くリスクはどのくらいあるのか。本誌8/28発売号「日本が無視できない 新興国経済危機」特集より>

※本誌9/4号(8/28発売)は「日本が無視できない 新興国経済危機」特集。通貨危機は本当にトルコで終わるのか。保護主義の脅威が広がるなか、構造的な問題を抱える新興国経済は新たな危機の火種となるのか。

アメリカの偉大な経済学者チャールズ・キンドルバーガーの名著『大不況下の世界』(邦訳・岩波書店)を初めて読んだのは41年前のことだ。しかしアメリカとトルコの関係が悪化している今、同書を読み返してみて、90年前の大恐慌と今の類似に、私は不安に駆られた。

キンドルバーガーは、90年前の大恐慌の端緒がオーストラリアとニュージーランドにおける農業部門のひずみにあったと指摘している。それが世界中の金融危機やデフォルト(債務不履行)、株価の下落や倒産の連鎖につながり、アメリカだけでなく世界中で失業率が25%に達した。これが第二次大戦の実質的な呼び水となった。

あの頃に世界の大半を治めていたのは、互恵関係よりも自分への忠誠を、能力よりも縁故を重視する強権的な指導者たちだった。彼らの無謀な動きは世界中の人を驚愕させたが、遠くてあまり重要とも思えない南半球の農業事情に目を向ける人は少なかった。

今日、危機の渦中にあるのも、世界経済の傍流にあるトルコだ。インフラ投資偏重のひずみがあらわになりつつある。しかも、90年前同様、今またアメリカにはドナルド・トランプ大統領が、トルコにはレジェップ・タイップ・エルドアン大統領と、強権的な指導者が君臨している。トランプの高飛車でゼロサム・ゲーム的な政治手法と、エルドアンの無能な経済運営とイスラム色の濃いナショナリズムが衝突し、地球規模の景気後退を招くリスクはますます高まっている。

通貨防衛の失敗でリラ安加速

歴史の皮肉と言うべきか、深刻化しつつあるアメリカとトルコの対立の発端も、トルコで拘束されたたった1人のアメリカ人牧師の解放問題にある。牧師の名はアンドルー・ブランソン。トルコで何十年も布教活動に従事していたが、2016年10月、トルコ政府は同年7月のクーデター未遂事件に関与した疑いでブランソンを逮捕した。これに対し、マイク・ペンス米副大統領は「キリスト教の布教をしていただけ」の牧師に国家転覆罪のような嫌疑をかけるのは不当だと非難した。これにアメリカの宗教右派が同調し、釈放を求める声が一気に高まった。

だが問題の核心は別にある。トルコはほかにも最近15人ほどのアメリカ人(首都アンカラのアメリカ大使館職員数人を含む)を拘束した。エルドアンは、元盟友だが今は対立関係にある宗教指導者でアメリカ亡命中のフェトフッラー・ギュレンの身柄引き渡しをアメリカに求めており、その交渉材料に彼らを利用するつもりだ(エルドアンはギュレンをクーデター未遂の黒幕とみている)。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、一部銀行の債券投資調査 利益やリスクに

ワールド

香港大規模火災、死者159人・不明31人 修繕住宅

ビジネス

ECB、イタリアに金準備巡る予算修正案の再考を要請

ビジネス

トルコCPI、11月は前年比+31.07% 予想下
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 8
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 9
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 10
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story