コラム

日本が無視できない、トルコショックが世界に波及する可能性

2018年08月28日(火)17時30分

トランプは当初、エルドアンとの間に築いてきた「良好な関係」を通じて問題を解決しようとした。イスラエルに拘束されているトルコ人の解放を自分が働き掛ければ、トルコはアメリカ人牧師を釈放するだろうと考えた。イスラエルは今年7月、約束どおりトルコ人を釈放した。だがトルコはブランソンを解放しなかった。裏切られたと感じたトランプは怒り、トルコの輸出する鉄鋼とアルミニウムにかける関税率を2倍に引き上げた。

これにエルドアンは反発し、アメリカがトルコを不公正に扱い続けるなら「新たな同盟国を探すかもしれない」との考えを示した。関係は悪化する一方だ。その悪影響は既に出ている。トルコ通貨リラは年初来、対ドルで約37%下落した。トルコの外貨建て債務は2000億ドルを超える(債権者の大半は欧州の銀行)。その約10%は年内に返済期限を迎える。債務返済に窮すればトルコの信用格付けは「ジャンク」級に引き下げられ、資金の調達コストはますます高くなる。

どんな外交問題の解決にも巧妙かつ継続的な調整が必要だ。しかしトランプは足元に火が付いているし、ゼロサム思考の持ち主であり、地道な努力をするようなタイプではない。

対するエルドアンは法の支配を破壊し、「イスラム的」な経済政策を採用して自国経済の長期的な安定と成長を損なってきた。彼は(政策金利を引き上げてインフレを抑制すべき場面で)利上げがインフレにつながると誤解して適切な手を打たなかった。そして通貨の下落を招いてしまった。

それだけではない。エルドアンは政権内から経済のプロを追い出し、代わりに無能だが忠実かつ従順な人間を据えてきた。そして経験に裏打ちされた経済学の知識より、信仰を重んじた経済政策を打ち出している。その証拠に、今の財務相はエルドアンの娘婿だ。専門的な知識や経験ではなく、大統領への忠誠心と大統領の娘への愛ゆえに抜擢された男である。

外国の投資家はトルコに対して、ますます慎重になっていくだろう。通貨リラの下落に伴って信用格付けは下がり、国内ではインフレが進む。結果、経済成長率は中長期的に下がるとみていい(ちなみに経済学で言う「中期」は3〜10年を指す)。投資が減ってコストが上がり、失業者も増える。

世界経済にも重大な影響が及びかねない。アメリカとトルコの対立、そしてアメリカが中国やEU、カナダやメキシコに仕掛けた貿易戦争の影響は、その他の新興経済国にも及ぶだろう。とりわけインドやブラジル、アルゼンチンなどでは資金調達が困難になり、国内経済にストレスを与える。欧州経済と単一通貨ユーロも打撃を受ける。

97年のアジア通貨危機と驚くほど似ている。通貨投機、金利上昇、過剰な公共投資、不十分な政府規制、縁故主義......。アジアも日本もトルコ通貨危機の余波を受けるだろう。危機の深刻化で新興国経済全体が損なわれ、世界的な成長率の鈍化と投資の縮小を招く。同時に、アメリカでは財政赤字は拡大し、富の偏在は高進。中期的には貿易戦争の果てに金利は上昇し、株価上昇は終わり、世界最大の経済国は不況に陥る。そうなれば、貿易依存率が3割近くの日本も道連れとなる。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイとカンボジアが停戦に合意=カンボジア国防省

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story