コラム

誹謗中傷には厳罰化された侮辱罪で対抗せよ

2022年08月26日(金)16時12分

しかし改正刑法以前の侮辱罪は「拘留(30日未満)か科料(1万円未満)」であり、刑事告訴が受理され送致されたとしても、起訴されるかどうかは検察の管轄であり、後述するがその多くは不起訴であったと思われる。警察に行くだけ無駄とは全く思わないが、労多くして最初から不起訴が見込まれるのであれば、被害者としては刑事事件化の選択肢にあまり意味はない。

仮に起訴されたとしても最高の法定刑になるかどうかは裁判官の判断である。首尾よく最高の法定刑になっても、1万円未満を国家から罰として加害者が徴収される程度では、私の処罰感情は癒えないばかりか、具体的な経済被害は1円も弁済されないのである(科料は当然国庫に入る)。事実、冒頭で記述した木村花さんを侮辱した犯人に課された科料はほぼ最高額だったが、その額僅かに9000円であった。

私が刑事事件化の選択をあきらめて、民事一本にしたのにはこのような理由がある。

刑事事件の一般的なプロセスは次の通りである。まず被害者による刑事告訴か被害届提出と受理により一義的には警察が捜査を開始する(とりわけ親告罪の場合)。刑事告訴と被害届提出は違う。刑事告訴は告訴状を司法官憲に提出することにより受理され、「必ず」捜査の義務を生じさせるものである。一方、生活の中でよく聞く「被害届」というのは「私はこういった被害に遭いました」という事実を警察に申告する以外の意味は無いが、実際の捜査の現場では圧倒的に後者の被害届受理を以て捜査の端緒となる場合が多い。

刑事告訴(刑事告訴状提出)は、被害者にあって処罰感情が激烈であり、確実に捜査(義務化)を求めたいときに使用するものだが、基本的には被害届の提出と受理によって捜査が始まる。侮辱罪の場合も、恐らくほとんどの場合はまずこの被害届提出と受理から捜査が始まる。

警察は捜査の結果、被疑者から事情を聴取するなどして証拠を固めて検察に送致する。比較的軽微な犯罪の場合は被疑者を在宅のまま書類のみを送致し、逮捕した場合は身柄を検察に送致する。これが所謂送検である。

本当に些細な犯罪(例えば子供による少額の万引きなど)は「微罪処分」と言って署内で処理し厳重注意で終わる場合もあるが、日本は「全件送致主義」といって捜査した全ての事件を検察に送致することが決められている。

検察官は送致された事件を起訴するか、不起訴にするかを決定する。起訴には正式起訴(公判請求―裁判を開くことを求める)、略式起訴、即決裁判手続の三種類がある。一方、不起訴にするにしても嫌疑なし、嫌疑不十分、起訴猶予の三種類がある。当然軽微な犯罪であればあるほど、被害者からすると理不尽だが不起訴の可能性は高くなる。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、次期5カ年計画で銅・アルミナの生産能力抑制へ

ワールド

ミャンマー、総選挙第3段階は来年1月25日 国営メ

ビジネス

中国、ハードテクノロジー投資のVCファンド設立=国

ワールド

金・銀が最高値、地政学リスクや米利下げ観測で プラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story