コラム

原発処理水放出、問題は科学データではなく東電の体質

2023年08月25日(金)22時05分

もちろんこのようなトラブルの可能性をゼロにすることは不可能だ。しかし、よほどのことがない限り致命的なトラブルを起こすことはないだろうと地元の利害関係者に思わせられるかは、科学の問題ではなく組織に対する信頼性の問題となる。ここで決定的だったのは、2018年、東電が処理済みとしてきたタンクの中に国の基準値を超える放射性物質が含まれていることが河北新報のスクープにより明らかになったことだ。地元関係者の怒りと失望は想像に難くない。

こうした国や東電の隠蔽体質を踏まえると、国や東電は海洋放出においてトラブルが起きたとき、たとえば再処理装置がうまく動いていないことが分かっていながら海洋放出を続けたり、現場で杜撰な運用がされていることや誤って汚染水を放出したことを隠したりして、いざというときに責任を取らないかもしれないと懸念を抱くのは当然だ。原子力業界で生じたトラブルの多くは、福島第一原発の事故含め、リスクの見積もりを過小評価した結果として想定外のことが起きてしまったり、現場で杜撰な運用がされたりといったことによって起こっている。もし何かあったときに被害を受けるのは地元の漁業従事者なのだ。

2015年以降、国と東電はそうした不信感を解消するために必要な誠実性を示すことを怠ってきた。それどころかこの間に、東電管内の柏崎刈谷原発で職員による不正なID使用や書類改ざんが相次いで発覚するなど、杜撰な管理体制が改めて浮き彫りになってしまった。地元の関係者は、そのようなニュースを見続けてきた。

今放出する必要はない

国や東電が「処理水」の海洋放出を進める理由として、汚染水の処理にはそれが唯一の現実的な選択肢であるというものがある。また、それを行わなければ福島第一原発のデブリの取り出しができず、廃炉のプロセスに差し障るとも主張されている。

また、海洋放出の代替案としては、「大型タンク貯留案」や「モルタル固化処分案」など、既に前例もあるような複数の代替案が専門家によって提示されている。アメリカなどのメディアでは、こうした代替案が紹介されており、それらを日本政府が検討もしないことこそが、近隣諸国の日本に対する不信感に繋がっている。汚染水を自国に留めておく案があるのに、なぜ日本は(たとえ低い可能性だとしても)他国にリスクを負わせる海洋放出を選択するのか?というわけだ。

日本政府は、今海洋放出しなければいけないのは、格納容器内のデブリ除去のための土地を開ける必要があるからだ、と主張している。海洋放出が遅れれば、廃炉プロセスも遅れるというのだ。しかしそもそもデブリ除去が出来ないのは海洋放出が遅れていたからではなく、技術的な問題があるからであり、除去できる見通しは全く立っていないということは周知の事実だ。少なくとも今急いで海洋放出する必要はない。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インド10月貿易赤字、過去最高の416.8億ドル 

ビジネス

原油先物が下落、ロシアが主要港で石油積み込み再開

ワールド

独仏両国、次世代戦闘機の共同開発中止に向けて協議=

ワールド

トランプ氏、マクドナルドのイベントで演説 インフレ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story