コラム

少女時代の時代がやって来た!

2010年09月08日(水)18時24分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

 9月8日、韓国の人気ガールズ・グループ少女時代(韓国語ではソニョシデ)が満を持して日本デビューを果たした。それに先立って8月25日に有明コロシアムで開催されたショーケースイベントには、2万2000人のファンが殺到。NHKが9時のニュース番組のトップで扱うなど、日本でも韓国でも大きな話題を呼んだ。

 9月2日には、少女時代のDVD『New Beginning of Girl's Generation』がオリコンデイリーチャート1位に輝いた。韓国のアーチストがデビュー前に日本でこれだけ注目を集めたことはない。少女時代の日本上陸は、まさに新しい時代の幕開けを物語っているのだ。

 このニュースを僕はソウルで目にした。8月25日の週、韓国は韓国併合100周年の特集番組やイベントで溢れていた。22日は併合条約の調印がされた日であり、29日は併合が一般に宣言された「国恥日」だからだ。そのような重苦しい内容の報道が続くなか、このニュースは異彩を放っていた。まるで猛暑の中での涼しい夕立のようにしばし僕の心を潤した。

 少女時代は韓国では国民的アイドルだけに、その日本での反響は、韓国国民からしても大きな関心の的になっていた。韓国人のメンタリティーの中には「他のガールズ・グループが日本で成功しなくても仕方ないが、本命の少女時代は違う。韓国エンタメ界のプライドに関わる問題だ」との思いもあったのではないだろうか。ゆえにKARAや4Minuteが先駆けて、派手なダンス・パフォーマンスで日本にK-POPガールズ・グループの存在をアピールし、時機を見計らったところで「真打ち」が登場したというわけだ。

 少女時代は時代を象徴するスターだ。かつての日本の美空ひばり、キャンディーズ、山口百恵、松田聖子、安室奈美恵、モーニング娘。といった時代の象徴のように、少女時代は過去を克服し、飛躍的にアップグレードした今のネオ韓国を象徴している。

 そもそも80年代までの韓国ではアイドル文化自体が存在しなかった。だから、当時の韓国には日本のアイドルの隠れファンがおり、ソウルでライブを行った「少女隊」はちょっとしたブームにもなった。90年代もブリトニーやビヨンセ、安室奈美恵、浜崎あゆみ、宇多田ヒカルなどが人気で、女性アイドルは「海外のもの」という認識が強かった。

■パクリの時代を卒業したK-POP

 そんな女性アイドル不毛の地の韓国で、少女時代は新しい時代を切り開いたのだ。その名の通り、これからは「少女の時代」が来るという意味だった。他のガールズ・グループは、少女時代との差別化を図ることで特徴を出しているといっても過言ではないほどだ。

 少女時代がブレイクするきっかけになった曲は、デビューアルバム(07年)のタイトル曲でもある「少女時代」だ。

 この曲は1989年当時の若者たちのカリスマ的存在だったイ・スンチョルの曲をカバーしたもの。イ・スンチョルは、当時の韓国歌謡界ではヤンキーの雰囲気漂う時代の反逆児のようなロックな存在だったが、サウンドのレベルは低かった。

 ところが20年近くの時を経て、この「80年代」的だった曲が、少女時代というドリーム・ガールズによって、洗練されたサウンドとバラエティーに富むボーカルのアレンジにより見事に生まれ変わったのだ。この曲のカバーにより、少女時代は僕のようなアラフォー世代をも巻き込み、国民的アイドルになることができたのだ。

 少女時代は、もはやK-POPが「パクリ」「もどき」の時代を超え、洋楽・J-POPの要素を融合させた、新しい東アジアのポップミュージックのスタンダードを創出していることを象徴している。近年開催されているアジア・ソングフェスティバルにおけるアジアのアーチストを見れば、日本以外はK-POP「もどき」になっていることがわかる。

 少女時代だけではない。ダンスが話題のKARAだが、音楽だけでもノリノリかつキュートで十分勝負できる。4MinuteやBrown Eyed Girlsも大人の雰囲気漂うシックでキレのいい仕上がりだ。しかも、彼(彼女)らの後を追う走者が次から次へと育っている。韓国はいつからこんなとんでもない国になってしまったのか。私も正直驚きを禁じ得ない。

 少女時代は日本社会の変化も象徴している。これまでの韓流が中高年女性を主たる担い手とし、ドラマとイケメン中心だったのに対して、ガールズ・グループは日本の若い女性や男性をも巻き込んでいる。日韓の文化交流における同世代性、共時性、ジェンダーバランスの獲得とジャンルの多様化などを通じて、ようやくその関係がバランスの取れた安定期に入ってきたといえるだろう。

■「ゆるい」J-POPのアンチテーゼ

 K-POPブームといっても、所詮は洋楽やJ-POPの「二番煎じ」で、たいしたことはないと思っている人も多いだろう。若い女性ファンというが、所詮は一部のマニアで、一般的には浸透しない(もしくは、しないでほしい)と思っている人もいるだろう。

 だが、僕の見方は逆だ。今のK-POPファンは音楽にとても詳しくて、新しいものや世界基準に敏感に反応しているといえる。韓国、アジアだから好きなのではなく、そのサウンド、パフォーマンスなどアーチスト自体に魅了されているのだ。

 それは長年、特定の会社やプロデューサーが提供するアイドルとアーチストに選択肢が限定されがちで、いつのまにかその惰性に飼い慣らされてしまったJ-POP界の保守的な風土や、ヒット曲一つで紅白に何度も出られたり営業に回れたりする、ある意味「ゆるい」J-POPシーンに対するアンチテーゼといえるかもしれない。

 日本も韓国もポスト産業社会の時代に入り、これから生き延びるキーワードは「文化」「観光」、そしてその基盤となる「創造性」「想像力」「柔軟性」、さらには「人」だ。これからは製品ではなく人の品性こそが問われる時代だ。

 フランスなどで日本の「萌え」文化が人気を博しているのは周知の通りだ。AKB48でも少女時代でも、彼女たちやアジアのポップカルチャーに西洋の若者が熱狂することは痛快ではないか。日本か韓国かで小競り合いをする意味などない。日韓の若い女性の「萌え」や「カワカッコイイ」文化が、世界中に広まり支持されることは素晴らしいことだ。

 2週間ぶりに帰ってきた東京人の表情は正直暗くて無表情だった。暑さのせいもあるだろうが、視線も地面のコインでも探しているかのようにうつむき加減。こんな時には、K-POPガールズ・グループを通じて若さと元気をもらおうではないか。少女時代はそんな元気のない日本社会に対する時代の贈り物かもしれない。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

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・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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