コラム

韓国での村上人気と日韓和解への巡礼の年

2013年09月24日(火)13時49分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

[9月10日号掲載]

 この夏は東京もソウルも猛暑が続いたが、日韓関係は冷え込んだまま。いまだに「冷戦中」だ。

 近頃の日本では、韓国や韓流に対する肯定的な言説が抑制される傾向がある。かつて韓国にとって日本は「好きになってはいけない国」だったが、今では日本にとっての韓国も同様だ。一方、日本で最近目にしなくなった少女時代は、大統領の訪中の際に開催された「中韓友情コンサート」に参加し、流暢な中国語を披露しながら、新たなフィールドを見据えていた。

 日本から韓国への旅行者も減った。先日、『冬ソナ』のロケ地のに行ったが、日本人の姿はなく、雪だるまの模型と季節外れの記念写真を撮るのは中国人ばかりだった。ソウルの繁華街、の店も以前は日本語・中国語ができる店員を5対5で雇っていたが、今では3対7ぐらいだという。

 それでも良いニュースはある。村上春樹の新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が8月中旬まで、韓国で7週連続売り上げ1位を記録した。発売初日には熱狂的なハルキストたちが書店で行列をつくったことで話題になった。村上春樹は行列に並ぶことを嫌う韓国人を、しかも本を買うために並ばせた歴史的人物となった。

 いくら世界的に人気のハルキとはいえ、「反日」とされる韓国で、しかも最も「反日的」とされる8月にこれほど読まれていることの意味は決して小さくない。

 韓国ギャラップの世論調査によると、韓国人の4人に1人がハルキの作品を読んでいる(20~30代では3人に1人)。最も好きな外国人作家としても、フランスのベルナール・ウェルベルに次いで2位だ。

 ハルキはもはや文化現象だ。キム・ヨンス、キム・ジュンヒョクなどの人気作家がハルキを絶賛し、彼らのファンがハルキ作品を読むという流れも生まれている。ある人気女子アナはハルキの『遠い太鼓』を読み、アナウンサーを辞めてスペインに渡り旅行作家に転身する決意をしたという。

■日本に対する関心とリスペクト

 ハルキストの中には、主体的でないチープで薄っぺらい人生に終止符を打ち、意味のある人生を生きたいと願う人も多い。真の豊かさや本質に目を向けようとする彼らの存在は、両国の関係にも好ましい影響を与えるだろう。

 日本小説がベストセラー100位以内に20作品以上もランクインしていた数年前ほどではないが、江國香織、東野圭吾、宮部みゆき、塩野七生など今でも日本小説は根強い人気を博している。近年では『ビブリア古書堂の事件手帖』などライトノベルも人気だ。

 日本では韓流を快く思わない人も多いが、そういったアイドルより、多国でこれだけの人気を誇る作家のすごさに目を向けるべきではないだろうか。文学作品に心酔するには、その国への関心とリスペクトが必要なのだから。

 韓国で「新作が最も期待できる作家」とされるハルキの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、やはり期待を裏切らなかった。それは個人の記憶と和解の物語だが、僕には今の日韓関係に対するメッセージのようにも読めた。

 ハルキは何度も「記憶を隠すことはできても、歴史を変えることはできない」とつづっている。過去を忘却して記憶を都合よく改ざんするのではなく、歴史に向き合うことが重要であり、深く傷つけ合った者同士こそ、真の意味での和解が可能だ──そう両国に教えてくれているのではないか。

 主人公の多崎つくるが過去の真実を明らかにし、自分と友人の傷を癒やし、新たな自分を探す巡礼の旅に出たように、これから僕もハルキを道連れに日韓和解のための巡礼の旅に出ようと思う。彩り豊かな日韓関係を「つくる」ために。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 4
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 5
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 8
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 9
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story