コラム

若者よ、ネット選挙で清き1票を

2013年07月30日(火)15時25分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

[7月23日号掲載]

 週末の朝、ベランダで洗濯物を干していたら、通りから聞き慣れた声が響いてきた。「日本維新の会」共同代表、橋下徹の独特な口調が選挙カーと共に過ぎていく。すぐに録音だと分かったが、選挙の季節の到来を実感した。

 名前を連呼する選挙カーと白い手袋、駅前の街頭演説、商店街でのお年寄りへの握手攻め。これぞ日本の選挙文化だったが、今回の参議院選挙からネット選挙が解禁されたことで、もっとスマートに変わるかもしれない。

 試しに各党のウェブサイトを見てみたが、目を引いたのは日本共産党。都議選の勢いのままのライブ感があった。特に「カクサン部!」は面白い。ウェブトゥーン(ウェブ上での連載漫画)の導入でイメージチェンジを図り、有権者との距離を縮めようとしている。

 一方、有権者の反応はいまいちだ。NHKの世論調査によれば「ネット選挙運動を参考にする」が25%、「参考にしない」が64%だった。「上から」与えられたネット選挙だからか、あるいは最初から結果が見える選挙だからなのか。ネット言論に対する不信もあるかもしれない。

 根底には「誰がなっても同じ」という諦めや冷笑があるのだろう。だが本当にそうだろうか? 結果いかんで、日本が戦争しない国のままでいるか戦争する国になるかが決まる。原発を再稼働させるかどうかも決まる。増税や財政など将来の生活に直結することも決まる。

 だからこそ、ネット選挙に期待せざるを得ない。直接的な参加意識を通じ、選挙や政治を身近に感じる契機となる。それに、ネット政治はドラマを生むこともある。あの橋下が、「つぶやき」過ぎて選挙を恐れるまでになったのは面白い皮肉だ。政治家の言葉が重みを増し、磨かれるようになるかもしれない。

 そこで参考にしてほしいのが韓国の事例だ。長い独裁政権への抵抗運動の末に民主化を勝ち取った韓国では、市民の政治への関心と参加意識が高い。さらにネットを政治や言論・表現のツールとして積極的に活用し、デジタル・デモクラシーを定着させた。90年代からは世界に先駆けてネット選挙が解禁されている。

 当初は若者たちを中心に、パロディーや風刺など面白さと軽快さを追求する進歩派がネット空間の主流となった。特定候補者の「落選運動」や盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の誕生、11年のソウル市長選(市民運動家の朴元淳[パク・ウォンスン]が当選)は、その最たる例だ。

 その後、保守側も猛反撃に出る。保守系ネット新聞が次々と登場し、右派的な書き込みが増加。中高年の逆襲も始まった。70代の僕の父も「パクサモ(朴槿恵[パク・クネ]を愛する集まり)」のメンバーとなったが、メーリングリストからしきりに情報が来る。「朴槿恵様の遊説を、みんなで盛り上げに行こう」といった感じだ。

■ネットならではの危うさも

 その韓国で今、大問題になっていることがある。国家情報院による昨年の大統領選への介入疑惑だ。組織的にネットへの書き込みなどを行い、朴に有利な選挙運動をしたという。この問題を非難するため、全国でキャンドル集会が開催され、選挙権のない10代までが街に繰り出し、大統領選無効を主張する声も上がっている。ネット選挙の危うさの事例として、反面教師にすべきだろう。

 いずれにしろネット選挙の成功はコンテンツと、使う人の意識に懸かっている。選挙や政治を盛り上げるには「面白い」という発想の転換が必要だ。しかし、その前にまずは選挙権がいかに尊いものかを知ることから始めなければならない。

 それでも、おそらく日本人の半分近くは投票に行かない。数千万の無駄票に民主主義の神様は涙するだろう。日本在住およそ30年、日本の政治・外交・社会の研究者でもある僕に譲ってほしいくらいだ。ダフ屋のように「余ったチケット買い取りますよ!」とつぶやこうかな。

プロフィール

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・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
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・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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