コラム

アラブからみた「政権交代」

2009年09月02日(水)18時43分

 30日の総選挙の結果は、中東諸国でも関心をもって取り上げられている。汎アラブ衛星放送の「ジャジーラ」は、投票日当日深夜、大勢が判明するとすぐ「野党、圧勝」の一報を流した。汎アラブ紙で「アラブのワシントン・ポスト」とも呼ばれるインテリ日刊紙の「ハヤート」は、9月1日付けのコラムで早速、民主党の分析を掲載している。エジプトの最大日刊紙の「アハラーム」を始め、中東の大手紙の大半が「自民党長期政権の終焉」を大きく取り上げた記事を流しているのに対して、「ハヤート」のコラムは、民主党の成り立ちや鳩山代表の出自にまで触れて、「実は政策的には自民党とたいした違いはない」とまで分析していて、なかなか詳しい。

 だが、いずれのアラブ紙も共通して関心をもって触れているのが、鳩山代表のニューヨーク・タイムズの「論文」だ。「民主党は米国からの独立を目指している」――。実にアラブ世論のツボにはまった論点である。同じく汎アラブの大手紙「シャルクル・アウサト」は、選挙結果を報じる記事の副題に「鳩山代表、米国と対立せずにEU型アジア共同体を」と掲げた。

 アラブ諸国の対日イメージは、古くは「日露戦争に勝った」というものから、「日本の伝統を残しつつ驚異的に経済発展した」こと、現在では「アニメとプレステ」で、すこぶる良い。とりわけ、中東に植民地進出の経験がないことと、日本企業の中東での活躍が評価されて、どこでも好感度抜群だ。10年以上前、中東各国でドラマ「おしん」が放映されたときも、「貧しくてもけなげに頑張る」サクセスストーリーが、やはり戦争と貧困に振り回されてきた中東の庶民の心を打った。

 その日本イメージに翳りが指したのが、イラクへの自衛隊派遣である。イラク国内では「米軍などよりずっとまし」と、それなりに評価する声もあるが、アラブ全体で見ると、「米国に追随して軍を送った」とのイメージが強い。「米軍に原爆を落とされた国」としてもアラブの同情を買う日本だけに、イラク戦争当時は「日本はむしろ被爆国として、米軍の劣化ウラン弾の使用を堂々と糾弾すべきではないか」といった声も聞かれた。自衛隊派遣当時、エジプト紙に、日の丸を袖につけた手が箸でイラク人をつまみあげようとしている風刺絵が描かれて、現地の日本大使館職員が反論を投書したこともある。

 米国ともう少し距離を置いてくれればいいのに、とのアラブ世界の期待に、見事答えてしまった感のある鳩山「論文」。高まる期待に対して、さて、実際の外交政策でうまく回答を出せるかどうか、悩ましいところである。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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