コラム

慰安婦問題の本質は大誤報を認めても謝罪しない「朝日新聞問題」だ

2014年08月20日(水)19時15分

 8月5日から6日にわたって朝日新聞は慰安婦問題の特集を組み、これまでの「強制連行」に関する一連の記事が誤報であることを認めて取り消した。30年以上にわたって繰り返してきたキャンペーンが誤報だとわかったら、まず謝罪するのが常識だが、朝日新聞は謝罪せず、「慰安婦問題の本質を直視せよ」と開き直っている。

 慰安婦問題の本質とは何だろうか。慰安婦というのは戦地で仕事をしていた娼婦のことで、1990年ごろまでは大した問題ではなかった。それが日韓の外交問題になったのは、1992年1月の朝日新聞の記事が発端だ。これは1面トップの「慰安所 軍関与示す資料」という見出しで、慰安婦が「挺身隊の名で強制連行」されたと書いた。

 今回の特集で認めたように、この記事は事実誤認である。慰安婦は民間業者の募集に応じて、賃金をもらって働いていたのだ。「韓国の済州島で『慰安婦狩り』をやった」という吉田清治の話も、本人がフィクションだと認めた。軍の関与については、1992年に加藤官房長官が公式に認めて謝罪した。

 本来はここで終わりだった。内地でも娼婦は届け出制で、一人ずつ警察や保健所が管理していた。それと同じことを戦場では軍がやっていただけで、国家責任でも戦争犯罪でもない。ところが朝日新聞は「日本政府は強制連行を認めよ」というキャンペーンを張り、韓国政府がこれに呼応して国家賠償を求めた。

 それに対して1993年に河野官房長官が、強制があったとも受け取れる談話を発表したが、これが逆効果だった。この談話が「日本政府は強制連行を認めた」と受け取られ、国連が日本政府の「性奴隷」を非難する報告書を出し、2000年代には米議会でも慰安婦非難決議が出るようになった。

 しかし慰安婦に国家賠償するわけには行かない。民間業者の募集した慰安婦に賠償したら、戦時中に(同じく民間の募集で)朝鮮から内地に来た32万人の男性労働者が賠償を求めて訴訟を起こすだろう。最高裁の判例で(内地も含めて)民間の生存者には何も賠償しないことが確定しているので、それは不可能なのだ。

 河野談話のころまでは他のメディアも似たようなもので、「政府が強制連行を認めた」と報じたメディアもある。しかし吉田が嘘を認め、証拠が何も出てこないため、他のメディアは90年代後半にはこの問題を報じなくなった。そんな中で、朝日新聞だけが1997年になっても特集を組んで慰安婦キャンペーンを続けた。

 ほとんどの海外メディアは日本の情報を朝日新聞を通じて知るので、朝日の告発記事が伝言ゲームのように歪曲され、誇張された。このころになると問題は慰安婦の存在そのもにすり替わり、「日本政府はかわいそうな性奴隷の存在を否定している」という話が世界中に広がった。

 このため2007年に第1次安倍内閣で「強制連行の証拠はない」という閣議決定をしたが、これで問題が再燃した。安倍首相は各国政府とメディアに集中砲火を浴びて河野談話を実質的に追認し、このあと政府は慰安婦問題にコメントしなくなった。このころにはほとんどの国内メディアが強制連行を報道しなくなったが、朝日新聞だけが政府を攻撃し続けた。

 なぜ朝日新聞は、嘘と知りつつ慰安婦キャンペーンを続けたのだろうか。1997年には吉田の話の「真偽が確認できない」と認めたのに、過去の誤報は訂正しなかった。このとき「女子挺身隊」が誤りであることも知っていたはずだが、言及もしていない。彼らがいまだに謝罪を拒否するのは、謝罪すると経営者の責任問題に発展するからだろう。

 要するに、慰安婦が国家に強制されて性奴隷になったという「慰安婦問題」はもともと存在しないのだ。これは朝日新聞が自作自演した朝日新聞問題である。ところが彼らは誤報を訂正しないで「それは枝葉の問題だ」と強弁し、日本政府に謝罪と賠償を求めてきた。これが日韓両国に憎悪の悪循環を生み、外交を混乱させてきた弊害の大きさははかり知れない。

 大誤報を書いた植村隆記者は今年3月に朝日新聞を退社したので、彼を国会に呼んで事実関係を確認する必要があるが、本質的な責任は、誤報が判明したあとも逃げ回った編集責任者と経営者にある。本来は報道機関が自主的に第三者委員会で解明することが望ましいが、朝日新聞にはその気がないようなので、国会がやるしかない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米債務急増への懸念、金とビットコインの価格押し上げ

ワールド

米、いかなる対イラン作戦にも関与せず 緊張緩和に尽

ワールド

イスラエル巡る調査結果近く公表へ、人権侵害報道受け

ビジネス

利上げの可能性排除せず、経済指標次第=米シカゴ連銀
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story