コラム

消費税を増税すれば「デフレ脱却」できる

2013年07月23日(火)21時11分

 参議院選挙の勝利を受けての記者会見で、安倍首相は最重点の政策は「デフレ脱却」だとし、来年4月に予定されている消費税率の3%ポイント引き上げも「4~6月のGDP(国内再生産)速報値などを見極め、デフレ脱却、経済成長と財政再建の両方の観点から判断する」と述べた。これは浜田宏一氏(内閣官房参与)など政権の一部に「増税すると景気が悪くなる」と、増税の延期を求める声があるためだろう。

 それは本当だろうか。23日に発表された経済財政白書は、消費税のGDP(国内総生産)に及ぼす効果を検証している。それによれば、リーマンショック後の税収の落ち込みに対して、EU(欧州連合)では付加価値税(消費税)の税率を引き上げる国が増えたが、これによるGDPの変化は、図1のようにプラスの国とマイナスの国がほぼ半々である。

図1 付加価値税を引き上げた前後のGDP変化率

tax.JPG

 こうした分析の結論として、白書は「税率の引上げに伴う駆け込み需要は、経済成長の押上げに寄与したと考えられるものの、その後の反動減は、必ずしも経済全体を押し下げる程の規模だったとはいえない」と述べている。増税がもともとリーマンショックによる不況の最中であったことを考えると、消費税の影響はそれほど大きなものではないといえよう。

 日本でも「橋本政権の実施した1997年の消費税率の引き上げでマイナス成長になった」という都市伝説があるが、これは誤りである。97年4月の増税後の4~6月期には成長率はマイナスになったが、7~9月期以降はプラスに転じた。98年に成長率が大幅なマイナスになったのは、97年11月の北海道拓殖銀行や山一証券などの経営破綻のあとの信用不安が原因である。

 この点では、閣内でも認識のずれがあるように見える。麻生財務相は閣議後の記者会見で「[増税は]国際公約に近いものになっているから、そういったものを変えるというのは大変な影響を受ける。予定通りやらせていただきたい」と述べ、GDPの速報値も4~6月は1~3月より高くなるとの見通しを示した。1~3月の成長率は年率4.1%だから、それより高い成長率で増税を撤回することはありえない。

 また物価上昇率だけを見れば、消費増税で「デフレ脱却」できることは確実である。3%ポイントの増税で2%ぐらいは物価が上がるので、消費者物価上昇率はプラスになるだろう。2015年にさらに2%ポイント上げれば、1%以上は物価が上がる。事実、図2のように2%ポイント増税した1997年には1.7%の物価上昇が起こっている。

図2 1990年代の物価上昇率(生鮮食料品を除く・%)出所:総務省

cpi.png

 つまり安倍首相の念願の「デフレ脱却」は、消費税を上げればいとも簡単に実現できるのだが、これで生活がよくなったと思う人はいないだろう。要するにデフレ脱却なんて何の意味もないのだ。しかも日銀の黒田総裁は、2%のインフレ目標は消費増税とは別だと国会答弁しているので、2015年までの2年間で消費税による3%以上の値上げに加えて2%の5%以上のインフレ目標を掲げていることになる。

 実際には、量的緩和のインフレ効果はほとんどないので、来年は消費増税の分だけ物価が2%以上あがり、2015年にはさらに1%以上あがるだろう。この2年を平均すると、日銀のインフレ目標が成功したように見える。もちろん消費者物価指数を仔細に見れば、増税効果と金融政策の効果は判別できるが、それは日銀と総務省の「話し合い」で、量的緩和のおかげで上がったことにすればいい。

 これで安倍首相の顔も立ち、黒田総裁も「異次元緩和」の効果を誇ることができ、財務省も安心する。これが政治的には妥当な落とし所だろう。増税による物価上昇は2016年にはなくなるが、遅くともこの年までには総選挙があるので、それまで「アベノミクスは成功した」と有権者をだますことができれば、自民党にとっては十分だ。バカを見るのは納税者である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米失業保険継続受給件数、10月18日週に8月以来の

ワールド

中国過剰生産、解決策なければEU市場を保護=独財務

ビジネス

MSとエヌビディアが戦略提携、アンソロピックに大規

ビジネス

英中銀ピル氏、QEの国債保有「非常に低い水準」まで
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story