コラム

史上最大の公共事業「除染」は税金を浪費する「霊感商法」だ

2011年12月08日(木)13時04分

 福島第一原発事故の被災地で、自衛隊による除染作業が始まった。陸上自衛隊は7日から隊員計約900人を動員し、警戒区域や計画的避難区域で2週間かけて路面の洗浄や汚泥の除去などを行う。来年1月からは、民間業者を使って本格的な除染作業が始まる。

 並行して各自治体でも除染の準備作業が始まっているが、そのやり方はばらばらだ。11月に閣議決定された除染特別措置法では「事故による追加被ばく線量が年間1ミリシーベルト以下となることを目指す」という基準が設けられたが、この基準で本当に除染作業を始めると、膨大な地域が除染対象になるからだ。

 追加線量が年間1ミリシーベルトということは、全国平均の自然放射線量1.5ミリシーベルトと合計して2.5ミリシーベルト。これは毎時0.28マイクロシーベルトだが、図のように毎時0.2マイクロシーベルト以上の線量を観測した地域は5000平方キロメートル以上ある。過去の除染の例としては、イタイイタイ病のときのカドミウムの除染があるが、これは1600ヘクタールで8000億円かかった。同じ単価(5億円/ヘクタール)がかかるとすると、今回は1割の地域を除染するだけで25兆円以上かかることになる。史上最大の公共事業である。

除染マップ
文部科学省の航空機モニタリングによる空間線量(今年9月)クリックで拡大

 もちろん現実には、そんな大規模な土木工事は不可能なので、国は除染作業の全体像を示さない。一部の自治体では「国の基準では心配だ」という住民の声に押されて、年間1ミリシーベルトを基準で除染を始めている。しかしこれは毎時0.11マイクロシーベルトだから、図からもわかるように福島県全域を除染することになる。おまけに除染で発生する膨大な土をどこに移動するのかというあてもないので、現実には部分的に洗浄するとか枝打ちするなどの方法でやるしかない。

 そんな作業が本当に必要なのだろうか。チェルノブイリ原発の事故では、汚染された地域はそのまま放棄された。津波の被災地では海岸部から高台に移住することが勧告されているので、少なくとも海岸部には、無理に帰宅する必要はないだろう。福島県の平均地価は2億円/ヘクタールなので、東京電力が買収することも一案だ。しかし地元では「帰宅したい」という要望が強いという。

 最大の問題は、除染によって何が解決するのかということだ。広島・長崎などの被爆者のデータで放射線の健康への影響はくわしくわかっているが、年間100ミリシーベルト以下では発癌性の増加はみられない。これは毎時11マイクロシーベルトだが、これだと図のように原発の北西部の赤と橙の部分だけで、山間部を除くと数百ヘクタールだから、東電がすべて買収しても数百億円ですむ。数十兆円の除染よりはるかに経済的である。

 微量放射線の影響については議論があるが、健康に影響があるとしても数十ミリシーベルト以上であり、1ミリシーベルト程度で健康被害が出ることはありえない。このような無意味な除染を行なうのは、「安心」の名による税金の浪費である。その費用は最終的には汚染源である東電に請求されるので、首都圏の電力利用者に転嫁され、東電の経営が破綻したら納税者が負担することになる。

 安心を求める人々が自己負担で除染を行なうのは自由だが、行政が科学的根拠のない「霊感商法」を行なうべきではない。被災地には全国から土建業者が集まって「復興景気」にわいているが、このように税金を浪費する余裕は、今の日本の財政にはない。除染に税金を使うのはやめ、本当に被害の出ている津波の被災地の救援を優先すべきである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

ニュース速報

ビジネス

日銀が金融緩和の持続性向上策を議論へ、長期金利目標

ビジネス

トランプ米大統領、FRBの利上げを再度批判 「米国

ワールド

アングル:カジノ関連国内企業の動き活発化へ、IR法

ワールド

米の車関税含む貿易制限措置、回避へ「粘り強く対処」

MAGAZINE

特集:人生が豊かになるスウェーデン式終活

2018-7・24号(7/18発売)

「自分らしい生き方を最後まで全うしたい」と望む世界の高齢者が注目する北欧式「最後の断捨離」とは

人気ランキング

  • 1

    インドの性犯罪者が野放しになる訳

  • 2

    ロシア、兵士や戦車を隠す「透明マント」を開発

  • 3

    異例の熱波と水不足が続くインドで、女性が水を飲まない理由が悲しすぎる

  • 4

    トイレ普及急ぐインド 「辱め」を受ける外で排泄す…

  • 5

    実在した...アレクサに怒鳴る男 絶対にお断りした方…

  • 6

    感情をうまくコントロールできない子に育つ ヘリコ…

  • 7

    世界で10万人以上が学んできた「先延ばし」克服の科…

  • 8

    「ありがとう日本」中国人のワールドカップ反省会

  • 9

    自らを「ユダヤ人国家」と定めたイスラエルは、建国…

  • 10

    もはやトランプは米安全保障上の脅威──米ロ密室会談…

  • 1

    金正恩の背後の足場に「死亡事故を予感」させる恐怖写真

  • 2

    「何か来るにゃ...」 大阪地震の瞬間の猫動画に海外が注目 アメリカでは19世紀から軍で研究も

  • 3

    インドネシア、住民死亡の敵討ちでワニ292匹を虐殺 一番怖いのはヒトだった

  • 4

    キャサリンVSメーガン! 英王室に勃発したファッシ…

  • 5

    タイ洞窟の少年たちの中には、無国籍だが5カ国語を話…

  • 6

    全長7mの巨大ヘビが女性を丸のみ インドネシア、…

  • 7

    米ロ会談、プーチンの肩持った裏切り者トランプにア…

  • 8

    オウム死刑で考えた──日本の「無宗教」の真実

  • 9

    ブラジルの街中でサソリの大繁殖が始まった?昨年死…

  • 10

    インドの性犯罪者が野放しになる訳

  • 1

    史上最悪の「スーパー淋病」にイギリス人男性が初感染、東南アジアで

  • 2

    美しいビーチに半裸の美女、「中国のハワイ」にまだ足りないもの

  • 3

    「何か来るにゃ...」 大阪地震の瞬間の猫動画に海外が注目 アメリカでは19世紀から軍で研究も

  • 4

    悪臭で飛行機を降ろされた男性、体組織が壊死する感…

  • 5

    噴火がつづくハワイ・キラウエア火山──空から宝石が…

  • 6

    金正恩の「美少女調達」システムに北朝鮮国民が怒り

  • 7

    金正恩の背後の足場に「死亡事故を予感」させる恐怖…

  • 8

    世界が激怒する中国「犬肉祭り」の残酷さ

  • 9

    【悲報】感電して牛が死に、飼い主が死に、助けよう…

  • 10

    現代だからこそ! 5歳で迷子になった女性が13年経て…

資産運用特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
Pen編集部アルバイト募集
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版

特別編集 ジュラシックパークシリーズ完全ガイド

絶賛発売中!