コラム

「先祖返り」する習近平体制

2014年05月21日(水)15時12分

 習近平政権はその出現前から一部でささやかれていたように、完全に前任の胡錦濤政権とは違う、自分の価値観を推し進めていることが次第に明らかになってきた。同じ中国共産党による政権には変わりないのだが、80年代の改革開放以降、少しずつカラーは違えど西側社会の価値観を少しずつ取り入れつつあったところに、この政権はこれまでの脈絡を無視して、独自のカラーを社会に押し付けつつある。

 最近特にそれが顕著だと感じるようになったのは、5月初めの人権弁護士、浦志強氏、そして大学教授の徐友漁氏らを刑事逮捕したことだ。浦志強氏はこれまでにも人権や生存権に関わる原告のために何度も弁護を申し出ており、芸術家艾未未が逮捕された時(「その男、危険につき」)にも弁護士を務め、確かに体制にとってスレスレの微妙な人物な人物だったものの、それでも逮捕という事態に至ったことはなかった。また今回同時に逮捕された徐友漁氏らにしても、これまで多くのメディアで論評、分析を発表してきており、中国の人文系においては最高レベルの研究機関である中国社会科学院で文革を研究している哲学者で、政府のボトムラインもよくわかっているはずだった。

 彼らは5月3日に開かれた「六四25周年研究会」に参加した後に警察に連行され、そのまま拘束、逮捕された。「六四」とは1989年に起こった天安門事件のこと。25周年に当たる今年は当然当局も厳戒態勢に入っているが、それにしても公開活動ではなく、私的な呼びかけによって行われたこの研究会がきっかけで逮捕されるというのは、過去同様の研究会が開かれた時にはありえなかったことだと、5年前の20周年研究会に参加したメンバーは語る。インビテーションを受けて集まった参加者のうち、20人近くが事情徴収に呼ばれたが、そのうち浦氏ら5人がそのまま拘束された。

 浦氏たちの容疑は「騒乱挑発罪」。騒乱も何も、私的でクローズドな集まりですら取り締まりの対象になるのか?という声も上がっており、さらには浦氏の同僚弁護士からはこれは明らかに「口袋罪」(敢えて訳すと「大風呂敷」罪か)、つまりある具体的な行為がどの罪状に符合するかわからない場合、ある法律で触れられている内容に近いと直接その条項を適用したものだと指摘されている。司法側が法律を都合良いように解釈し、目をつけた人間をとにかく拘束する場合に多用されている。

 浦氏はもともと1989年の学生運動に参加した世代。先にも述べたように政府に対する権利保護を要求するケースを担当したのでこれまでも当局には目をつけられ、常に公安に見張られる立場だったが、拘束や逮捕には至らなかった。一緒に拘束された徐氏も自由派傾向のある論客として知られるが、国の言論最高機関にいるだけに「ボトムライン」は常に意識してきたはずだ。彼らのような人物があっさりと逮捕されてしまったことに、日頃、権利や社会正義に注目する人たちだけではなく、かつて浦氏に助けられた陳情経験者や徐氏らの評論を楽しみにしていた知識人の間に衝撃が走っている。

 また、4月末には「女性ジャーナリストの高瑜さんと連絡が取れない」という人権弁護士のツイートをきっかけに、高瑜さんが行方不明であることが明らかになった。その後やはり当局が彼女を拘束していたことが分かり、5月8日になって国営テレビ局、中央電視台の番組で高瑜さんと見られる女性(顔にはモザイクが掛かっており、断言はできないが、高瑜さんを知る人たちは彼女自身だと感じている)が「自分がやったことは違法で、その処罰を受け入れる用意がある」と語る様子を放送した。

 この「容疑者とされる人物」が「中央電視台テレビのカメラに向かって自分の有罪を証言する」というパターンは昨年夏くらいに微博有名人「大V」の別件逮捕(「『女性関係』という道徳ツール」 )で使われて以来、特にネットなどで注目される人物の拘束後に使われ続けている手法だ。テレビという大衆的な手段(だが、それは国営放送という政府機関の一部だ)によって彼らに対する民間の信頼感を失墜させるためだと見られている。もちろん、「テレビが裁判の代わりを果たして良いのか」「カメラに向かって自白するまで本人にどんな仕打ちが行われたのか」という非難や疑惑の声もあるが、当局が意に介すことはない。だいたい「全国放送テレビカメラの前で自供」なんて明らかに法治社会ではありえない。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story