コラム

放っておいたら維持できない? 「究極の共通言語」計量単位維持・設定の最前線について、臼田孝氏に聞いた

2025年06月02日(月)17時00分

 シリコンは様々な重さのものがあり、自然界に存在している安定同位体だけでも3種あるので、1種の重さだけで結晶を作るのは大変ですね。産総研はシリコン単結晶を使って高精度にプランク定数を決定し、キログラムの再定義に大きな貢献をしました。

臼田 そのシリコン球は、旧ソビエトの核実験施設にお願いして作ってもらったんです。そこには核実験施設の平和利用とか、研究者に仕事を与えたいとかの思惑もあったのですが、今だったら絶対に頼めません。「先進的な科学技術のノウハウは、今はちょっとロシアには出せないよね」ということになりますから。世界が平和だったからできたんです。


 ということは、プランク定数の精密計測プロジェクトが数年遅かったら、キログラムの再定義は未だに達成できていなかった可能性が高いんですね。

ところで、計量標準に関する現在のホットな話題と言えば、「秒」の再定義と「天体の月」での標準時の設定ですが、議論は進みましたか。「月」の標準時である「協定月時間(Coordinated Lunar Time; LTC)」は2026年末までに策定、「秒」は2030年に再定義される見込みと報じられています。

臼田 その議論はいつもしているんです。今回はパブリックに向けた講演会を開いて、「今、こういう状況にありますよ」とか「今後はこれが重要になりますよ」というプレゼンテーション・ディスカッションがありました。

 国際度量衡委員会の姿勢や方向性を示すアピールを兼ねていたんですね。

臼田 まず月の標準時ですが、これは月に限らず、今後人間の活動範囲が宇宙に広がるときにどう時間を共有するかという問題に繋がりますよね。ご存知の通り、重力場によって時間の進み方は変わりますので。

具体的に考えられているのは、いずれ月を回る人工衛星が現れてGPSのようなものができたとき、そこでの時間の進みと地球上での時間というのをどうリンクさせていくかということです。

月は地形がまだよく分かっていないですし、空気がないので太陽の位置によってコントラストがずいぶんと異なり、地形の見え方がすごく変わるらしいんですね。だから、GPSのようなナビゲーションシステムがないと、非常に危険だというような講演がありました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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