コラム

「2025年7月5日天体衝突説」拡散で意識に変化? JAXA宇宙研・藤本正樹所長に聞いた「科学的に正しく怖がる方法」

2025年05月03日(土)10時50分

 惑星科学の研究者としては、「自分のやっている研究の延長線上にプラネタリーディフェンスがあるならば、そちらにも情報を与えていこう。それが地球防衛の発展につながれば嬉しい」という感覚なのではないかと思うのですが、一般の方があまりに「地球防衛」というワードに食いつきすぎて、言葉だけ独り歩きして、ちょっとおかしな方向に進んでいるということもあるのではないでしょうか。

藤本 伝え方を間違えると「オオカミ少年になるのではないか」という危惧はあります。「現在の科学的な情報に基づけば、地球に衝突する天体はやって来ないです」と言っても、一般の人は「絶対に来ないんだ」と全然違う意味で捉える可能性がありますよね。そこはすごく難しい話題だと思います。

一方で、天体衝突に関しては2029年4月13日、小惑星アポフィスが静止衛星よりも極めて近いところ(※筆者注:静止衛星は高度36000キロを飛行している。アポフィスは高度32000キロまで近づく見込み)を通るわけで、世界のほとんどの人が「地球防衛」を意識せざるを得ないイベントが起こるじゃないですか。なので、今から「地球防衛」と言っておいて準備を進めておかないと、4年後に急に言い出すのも何だかおかしい話になってしまうんですよね。

akane_fujimoto_2_4.jpg

円谷プロが手がけたJAXA「プラネタリーディフェンス」の応援ビジュアル(左)とウルトラマン像(4月6日、東京大学で開催された公開講演会「天体衝突から地球を守る」会場ロビーにて) 筆者撮影


 「理学的な宇宙科学研究」と「社会のための科学」の折り合いという面はいかがですか?

藤本 「社会の役に立て」と言われることは、それによって研究がつまらなくなるわけではありません。たとえば、「地球防衛」を考えさせられるくらい地球に近づいてきた小惑星があれば準備して観測すればいいので、それは宇宙工学として楽しい話なんです。

もっとも、「観測もせずに、ただ来た小惑星に探査機をぶつけて軌道を変えろ」と言われたら、あまり楽しくないかもしれませんね。「その手前の段階で、小惑星の状態を調べる必要がありますよね」と思います。

実用な科学としても、理学的にも楽しめる宇宙科学としても、ちょうどいい塩梅というのがあると思うんです。一般の方には「地球防衛」という面だけでなく、惑星というのは天体衝突が何度も起こって形成されるんだとか、そうやって水も得られたんだよっていうことにも興味を持ってもらえたらな、という淡い期待もあります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ援助拠点などで798人殺害、国連が発表 支援団

ワールド

訂正-(9日配信記事)ウクライナ戦争でロシア経済の

ワールド

米中外相が対面で初会談、「相違点の管理」で合意 協

ビジネス

ドイツ議会、540億ドル規模の企業減税可決 経済立
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パトリオット供与継続の深層
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 6
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 7
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    英郵便局、富士通「ホライズン」欠陥で起きた大量冤…
  • 10
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story