コラム

脳の認知機能を改善する血小板因子が特定される...若い血の輸血、抗老化ホルモン、運動による若返り効果の全てに関与か

2023年08月23日(水)20時50分

今回、博士らが血小板を含む若いマウスの血漿を老いたマウスに投与すると、脳の海馬の神経炎症が転写レベルおよび細胞レベルで減少し、海馬依存性の認知障害が改善したことを観察できました。さらに、PF4を老いたマウスに注射するだけで、若いマウスの血漿を用いたときとほぼ同じ認知機能の改善効果がありました。PF4 を投与された老いたマウスは、記憶や学習に関する課題で、投与されない老いたマウスよりも良い成績を収めました。

研究チームは、PF4には老化した免疫システムを改善して脳の炎症を抑える効果があり、それが脳の柔軟性を高めることになって認知機能を改善しているのではないかと推測しています。ヴィレダ博士は、「ヒトの70代に相当する生後22カ月のマウスにPF4を投与した結果、ヒトに換算して30代後半から40代前半に近い脳機能に戻った」と話しています。

血小板を活性化させ、PF4を放出させるクロトー

「Nature Aging」に掲載された論文は、「PF4が抗老化ホルモン『クロトー』によって誘導され、若いマウスでも老いたマウスでも認知力を強化した」とするもので、カリフォルニア大サンフランシスコ校のデーナ・デュバル博士が研究を主導しました。

クロトーは、老化を抑制して寿命を延長する作用のあるホルモンです。2005年に米テキサス大サウスウェスタンメディカルセンターの黒尾誠助教授(当時)らのグループが、東大医学部附属病院、大阪大、ハーバード大などと共同で、世界で初めて同定しました。

デュバル博士は15年に「クロトーをマウスに注射すると、マウスの寿命が延び、脳の加齢変性に対する耐性を高めた」とする論文を発表しました。今年7月には、「クロトーを年老いたアカゲザルに注射すると、脳の認知機能が2週間程度改善された」という研究成果を「Nature Aging」に発表しました。ただし、クロトー自体は血液脳関門を突破できず脳に入り込むことができないため、クロトーに誘発されたどの因子が認知機能を改善しているのかは謎のままでした。

今回、デュバル博士らは、クロトーの投与で認知機能が向上したマウスの血液を分析しました。すると、クロトーによって血小板が活性化され、PF4が放出されていることが分かりました。PF4は、血液脳関門を通れる小さいタンパク質です。

次にPF4そのものをマウスに投与する実験を行ったところ、PF4 は分子レベルにも影響し、新しい神経接続の形成を強化していました。さらに、老いたマウスだけでなく、若いマウスでも学習力と記憶力の向上が見られました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ軍撤退なければ、ドンバス地方を武力で完全

ビジネス

アングル:長期金利2.0%が視野、ターミナルレート

ワールド

中国、レアアース輸出ライセンス合理化に取り組んでい

ワールド

ADBと世銀、新協調融資モデルで太平洋諸島プロジェ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story