コラム

バイオ3Dプリンターで指の神経再生に成功 臓器移植にアンチエイジング、代替肉での活用も常識に?

2023年05月10日(水)13時20分
指先

現在一般的な「自家神経移植」では、採取部位にしびれや痛みが残ることが課題だった(写真はイメージです) berkay-iStock

<京大病院の研究チームは、指や手首の神経を損傷した患者自身の細胞からバイオ3Dプリンターを使って神経導管を作製し、それを移植することで患部の神経を再生させることに成功した。この実験をはじめ、バイオ3Dプリンターを使った最新の研究、活用事例を紹介する>

京都大付属病院の池口良輔准教授らのチームは、「バイオ3Dプリンター」を使った治験を行い、手の指などの神経を損傷した患者3人の神経再生に世界で初めて成功したと発表しました。詳細は、11日から始まる「第96回日本整形外科学会学術総会」で報告されるといいます。

バイオ3Dプリンターは細胞を材料にして立体構造を作る装置で、再生医療への活用が期待されています。今回、研究チームは患者の腹部の皮膚から細胞を採取して培養し、3Dバイオプリンターによって積み重ねて直径約2ミリ、長さ約2センチの「神経導管」を作り、患部に移植しました。3人とも知覚神経が回復し、副作用や合併症はなかったといいます。

現在は指の神経が損傷した場合、患者自身の健常な他の部分の神経を採取して移植する「自家神経移植」が一般的ですが、採取部位にしびれや痛みが残ることが課題でした。また、人工神経の移植も試みられてきましたが、自家神経移植と比べると十分な再生が得られない場合が多く、今のところ普及していません。

一般的な3Dプリンターは家庭でも普及しつつあり、家電の壊れた部品をその場で作れることなどで重宝されています。大きなものへの利用では、ベンチャー企業が自動車やロケットを丸ごと作ったり、NASAが現地の材料を使って月に基地を構築する計画を発表したりして、注目を集めています。

では、今回使用された細胞を扱うバイオ3Dプリンターは、現在どのような研究や活用が進んでいるのでしょうか。概観してみましょう。

十分なサイトカインの生成や血管新生で良好な結果に

今回の京大病院の治験は、再生医療ベンチャーのサイフューズ(東京都港区)とともに2020年11月に開始しました。

ヒトでの治験を始める前には、動物実験で安全性や有効性を確かめなければなりません。研究チームは事前に、坐骨神経(腰椎から始まり下肢を走行する神経)を損傷させたラットや尺骨神経(前肢の内側を走行する神経)を損傷させたイヌに対して、バイオ3Dプリンターで細胞から作製した神経導管を移植して再生の状況を観察しました。結果は、人工神経を使った場合よりも良好で、自家神経移植と遜色がありませんでした。

これは、人工神経では細胞成分が乏しいためタンパク質が不足し、神経再生に必要な成長因子、血管、足場などが十分に形成されないのに対して、バイオ3Dプリンターで作製した神経導管は自家神経と同様に十分なサイトカイン(生理活性タンパク質)の生成や血管新生を行ったために良好な結果になったと考えられました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止

ワールド

中国外相、タイ・カンボジア外相と会談へ 停戦合意を

ワールド

アングル:中国企業、希少木材や高級茶をトークン化 

ワールド

和平望まないなら特別作戦の目標追求、プーチン氏がウ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story