コラム

コロナワクチンと同じmRNA技術を用いたインフルエンザワクチンが開発される

2022年12月06日(火)11時20分

ここまでに挙げた「従来型」と呼ばれるワクチンは、ウイルスのタンパク質の一部を人体に投与すると、それに反応して免疫ができる仕組みを使っています。

一方、新型コロナワクチンで一躍有名になったmRNAワクチンとウイルスベクターワクチンは、ウイルスの遺伝情報の一部を注射します。人体で、この遺伝情報をもとにウイルスのタンパク質の一部が作られ、それに対する抗体ができることで、ウイルスに対する免疫ができます。ファイザー社製やモデルナ社製がmRNAワクチン、22年9月末日で接種終了となったアストラゼネカ社製がウイルスベクターワクチンです。

日本におけるインフルエンザワクチンの歴史は、1919年に遡ります。世界で5000万人以上が死亡したとされるスペインかぜは、18年から20年にかけて大流行しました。多くの研究者が原因菌を探し、当時、「インフルエンザ菌」と考えられたものはパイフェル氏菌でした。そこでパイフェル氏菌に対するワクチンが開発され、19年から20年にかけて20万人以上に接種され、死亡率を大きく下げました。

インフルエンザウイルスではなくパイフェル氏菌に対するワクチンで、なぜ効果があったのか不思議ですが、インフルエンザの重症化には別の細菌の二次感染によるものが少なくないためだからと考えられます。

33年に英国のスミス、アンドリュウス、レイドロウによってインフルエンザウイルスが初めて分離されると、まず生ワクチンが開発され、続いて51年には日本初の不活化ワクチンが販売されました。以来、遠心機や精製技術の発展により、ほとんどの夾雑物(きょうざつぶつ、余計な異物。培養に使う鶏卵由来の物質など)を取り除けるようになって、安全性の高いワクチンが出回るようになりました。現在は、日本では未承認ですが、海外では経鼻噴霧タイプの生ワクチンも一般的で、予防効果が高いとされています。

開発スピードが最大の長所

今回のペンシルベニア大の研究グループは、なぜインフルエンザでmRNAワクチンを開発したのでしょうか。

新型コロナワクチンでは、接種データや副反応の蓄積がないこと、ウイルスの遺伝情報を自分の体内に入れることに抵抗を感じることなどを理由に、歓迎しない人が一定数現れていることも記憶に新しいでしょう。20種のウイルスに対応していますが、不活化ワクチンの肺炎球菌ワクチンには23価のものもあるので、mRNAワクチンでないと多種類に対応できないということではありません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

維新、連立視野に自民と政策協議へ まとまれば高市氏

ワールド

ゼレンスキー氏、オデーサの新市長任命 前市長は国籍

ワールド

ミャンマー総選挙、全国一律実施は困難=軍政トップ

ビジネス

ispace、公募新株式の発行価格468円
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story