コラム

アポロ計画に果たせず、アルテミス計画に期待されること 月面探査の歴史とこれから

2022年09月06日(火)06時05分

アポロ計画は、遠隔通信、電子工学、コンピューター技術など、多岐にわたる分野で飛躍的な発展のきっかけとなり、現代の科学技術の礎を築きました。けれど、着陸地点は月の赤道に比較的近い場所に偏っており、広範囲は探査できていません。

NASAは先月19日、アルテミス計画で史上13人目、14人目の月面歩行者が降り立つ候補地となる13カ所を発表しました。氷がある場所、発電に有利な日向、傾斜や地球との交信のしやすさなどが考慮されています。打ち上げ時期によって着陸可能な場所は変わりますが、南極付近が多く選ばれました。

現在、20年12月に選ばれた18人の宇宙飛行士(男性9人、女性9人)は、JSCの「無重量環境訓練施設(NBL)」と呼ばれる巨大プールで訓練を進めています。全長約60メートル、幅約30メートル、深さ約12メートルのプールの底には月面環境が再現されており、模造岩などが配置されています。

着陸地点として想定されている月の南極域は、太陽が地平線上にはほとんど現れないため、常に暗く視界が悪い場所です。宇宙飛行士たちは仮想現実(VR)ヘッドセットを装着して、プール内で暗闇を想定した歩行訓練を行っています。訓練は、最大6時間続く場合もあるそうです。

火星の有人着陸へのステップ

着陸そのものが目的だったアポロ計画と異なり、アルテミス計画のゴールは探査拠点を月面に作ることです。月面には滞在施設を建設し、人が常駐して持続的に広範囲に探査できるようにします。月の周回軌道上には宇宙ステーションも作る予定です。

これらの施設によって、月そのものの調査から太陽系の歴史に迫るほか、宇宙で暮らす技術や人体への影響に関する知見を収集して、人類が太陽系に進出するための技術を開発します。

今回、打ち上げられるアルテミス1でも、宇宙船には人の代わりのマネキンが搭乗する予定です。地球から月の飛行で宇宙放射線をどれくらい浴びるのかを測定し、健康リスクを調べるためです。

アルテミス計画は、火星の有人着陸を実現させる大きなステップとなることも期待されています。NASA、ESA、ロシアなどは、それぞれ30年頃の実施を目標に掲げています。火星への有人飛行は1~3年と長期間になり、運ばなければならない物資量も膨大になることがネックですが、月での開発成果がブレークスルーになるかもしれません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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