コラム

「過去の克服」に苦闘するドイツを描く実話

2015年09月18日(金)17時15分
「過去の克服」に苦闘するドイツを描く実話

ドイツの歴史認識を変えたアウシュヴィッツ裁判までの苦闘を描く 『顔のないヒトラーたち』

 ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』は世界的なベストセラーになり、映画化もされているので、物語をご存知の方も少なくないだろう。1958年、15歳のミヒャエルはハンナと偶然に出会い、21歳も年上の彼女に心を奪われていく。男女の関係になったふたりの間では、ミヒャエルが彼女に本を朗読して聞かせることが習慣になる。だが、ある日突然、ハンナが彼の前から姿を消してしまう。それから6年後、大学生になったミヒャエルは、ナチスの犯罪をめぐる裁判を傍聴し、被告となったハンナと再会する。彼女は戦時中に強制収容所で看守をしていた。

 では、ふたりが出会ってから再会するまでの間に、背景となる社会では何が起こっていたのか。小説に対してそんなことを考えても意味がないと思われるかもしれないが、シュリンクが法学者で、「過去の克服」をテーマに論文や小説を執筆してきたことを踏まえるなら、現実が反映されていても何ら不思議はない。

 実話に基づくジュリオ・リッチャレッリ監督の『顔のないヒトラーたち』は、その背景が見えてくるという意味でも興味深い作品だ。物語は1958年のフランクフルトから始まる。ひとりのジャーナリストが、アウシュヴィッツにいた元親衛隊員が教師をしていることを突き止め、検察庁に苦情を申し立てるが、居並ぶ検事たちはそれを黙殺する。奇跡的な復興のなかで過去は封印されている。しかし、駆け出しの検事ヨハンが関心を持つ。彼は苦情を裏付ける調査結果を上司に報告するが、政府機関には元ナチ党員が復帰しているため揉み消されてしまう。それでもアウシュヴィッツにおける犯罪を追及する彼は、検事総長フリッツ・バウアーから本格的な調査の指揮を命じられ、圧力に晒されながら地道な予備捜査をつづけ、事実を明らかにしていく。そして1963年、フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判が始まる。

ナチスドイツの罪を暴く若き検事を描く 『顔のないヒトラーたち』



 戦争直後に連合国がドイツを裁いたニュルンベルク裁判では、ナチスの犯罪のほとんどが戦争犯罪とされ、人道に対する犯罪が見過ごされた。これに対して、アウシュヴィッツ裁判では、アウシュヴィッツにおける組織犯罪を実行した諸個人がドイツ人によって裁かれると同時に、収容所の実態が明らかにされることになった。

 『朗読者』のミヒャエルとハンナの出会いから再会までの間にはそんな変化が起こっていた。しかし『朗読者』とこの映画には、他にも注目すべき接点がある。ミヒャエルがハンナと再会するきっかけになるのは、ナチス時代とそれに関連する裁判を研究していた教授のゼミに登録したことだった。小説ではその教授のことが以下のように表現されている。「教授はナチ時代に亡命も経験している老紳士で、ドイツの法曹界ではアウトサイダーであり続けた人だった」。この経歴は、映画に登場する検事総長フリッツ・バウアーのそれとよく似ている。ミヒャエルはそんな人物に導かれるように過去と向き合っていく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、北朝鮮と「大きな紛争」起こる可能

ビジネス

米JPモルガン、R3のブロックチェーン団体から脱退

ワールド

米下院、対北朝鮮追加制裁案を来週にも採決の可能性=

ビジネス

完全失業率、2カ月連続3%割れ 有効求人倍率は26

MAGAZINE

特集:国際情勢10大リスク

2017-5・ 2号(4/25発売)

北朝鮮問題、フランス大統領選、トランプ外交──。リーダーなき世界が直面する「10のリスク」を読み解く

グローバル人材を目指す

人気ランキング

  • 1

    北朝鮮ミサイル実験「失敗」の真相

  • 2

    英「ロシアに核の先制使用も辞さず」── 欧州にもくすぶる核攻撃の火種

  • 3

    アメリカが北朝鮮を攻撃したときの中国の出方 ── 環球時報を読み解く

  • 4

    北朝鮮危機のさなか、米空軍がICBM発射実験

  • 5

    北朝鮮の脅威増大、必要あれば空母から2時間で攻撃=…

  • 6

    イバンカのアパレル工場は時給1ドルのブラック企業だ…

  • 7

    「空飛ぶ自動車」いよいよ発売、課題は大衆化

  • 8

    「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝…

  • 9

    ロシア軍が北朝鮮に向け装備移動か 大統領府はコメ…

  • 10

    中国初の国産空母が進水、20年に武器装備終えて就役…

  • 1

    25日に何も起こらなくても、北朝鮮「核危機」は再発する

  • 2

    ロシア軍が北朝鮮に向け装備移動か 大統領府はコメント拒否

  • 3

    北朝鮮ミサイル攻撃を警戒、日本で核シェルターの需要が急増

  • 4

    北朝鮮ミサイル実験「失敗」の真相

  • 5

    アメリカが北朝鮮を攻撃したときの中国の出方 ── 環…

  • 6

    「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝…

  • 7

    北朝鮮、軍創設記念日で大規模砲撃演習 米原潜は釜…

  • 8

    北朝鮮「超強力な先制攻撃」を警告 トランプは中国…

  • 9

    英「ロシアに核の先制使用も辞さず」── 欧州にもくす…

  • 10

    米空母「実は北朝鮮に向かっていなかった」判明まで…

  • 1

    25日に何も起こらなくても、北朝鮮「核危機」は再発する

  • 2

    「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民の本音

  • 3

    ユナイテッド航空「炎上」、その後わかった5つのこと

  • 4

    北朝鮮に対する軍事攻撃ははじまるのか

  • 5

    米空母「実は北朝鮮に向かっていなかった」判明まで…

  • 6

    15日の「金日成誕生日」を前に、緊張高まる朝鮮半島

  • 7

    北朝鮮への米武力攻撃をとめるためか?――習近平、ト…

  • 8

    北朝鮮近海に米軍が空母派遣、金正恩の運命は5月に決…

  • 9

    オーバーブッキングのユナイテッド航空機、乗客引き…

  • 10

    ロシア軍が北朝鮮に向け装備移動か 大統領府はコメ…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「外国人から見たニッポンの不思議」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 別冊

0歳からの教育 知育諞

絶賛発売中!