コラム

目と目で通じ合える「人間の街」の新たな魅力

2012年09月10日(月)09時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔9月5日号掲載〕

 私は先日、同じ電車に乗り合わせた若い女性との対決に敗れた。東京で「先に目をそらしたほうが負け」という対決では連戦連勝だったこの私にとって、初めての敗北だ。欧米人の私がアイコンタクトで日本人女性に負けるなんてショックで、ちょっと屈辱でもあった。以前は目を伏せたりそらしたりしていた東京人が、この頃は真っすぐ相手の目を見る。

 私が東京に来たばかりの頃は、買い物をしていても学校で教えていても散歩していても、誰も私と目を合わせないので戸惑った。アジアの国とアメリカとではアイコンタクトの意味合いも相当違うことはもちろん知っていたが、目を伏せたりそらされたりすると、街の人間的な部分がベールに包まれて見えなくなる気がした。

 ところが最近の東京人は、西洋式のアイコンタクトにも抵抗がないようだ。買い物をしていても電車に乗っていても、もう目をそらさない。店員は私の目を見て品物を渡し、エスカレーターでは迷惑顔で私を凝視しながら割り込んでくる人もいる。東京人はお得意の横目づかいや盗み見に加えて、相手の目を真っすぐ見詰める技も会得しつつある。

 こうした変化には、海外に行く東京人が増えていることも影響しているのではないだろうか。海外経験の豊富な東京人はたいてい目を見れば分かる。そういう人は外国式に目で「やあ元気?」と呼び掛けている。相手の目を見詰める時間の長さは、海外経験の度合いのバロメーターとしてどんな英語の試験にも負けないくらい正確だ!

 相手の目をじっと見詰めるなんて無神経で失礼だと言う人もいるかもしれない。以前は目を伏せるのが礼儀だったから、どうしてもそう思えるのだろう。私も東京の外資系コーヒー・チェーン店でコーヒーを注文するとき、アルバイトの若い店員に目を見詰められて「ここはどこ? ニューヨーク?」と思ってしまうことがある。

 それでも、東京人の目は束縛から解放されたみたいだ。東京人はもうどこでも、見たいところを見られる。

■人間の目ほど美しいものはない

 残念ながら、他人の目を平気で見られるのは携帯電話やイヤホンで自分だけの世界に引き籠もっているからだ、という人もいるかもしれない。彼らにとっては、私も現れては消える画像にすぎないだろう。私の目を見詰めるのも、スクリーンに大映しになったジョニー・デップの目を見詰めるのもほとんど同じ(あちらのほうがいい男だが)。心の奥までのぞき込んでいるわけではない。

 だが、普通は逆の理由がある。アイコンタクトが増えているのは、東京人が他人に対して、特に私のような外国人に対して、礼儀は保ちつつも変に身構えなくなっているしるしだ。

 言葉を発しなくても、こちらの目をじっと見詰める目には好奇心と温かさがあふれている。東京ではいつでも簡単に目をそらせるから、つかの間の「目による愛情表現」が私は好きだ。アイコンタクトが増えているところを見ると、東京人は街中で見知らぬ他人の内面に一瞬でも出くわすことを恐れていないようだ。

 ひとときのアイコンタクトは東京の数ある魅力の中で最も希少価値がある。誰かを見詰める目には、建物を観察したり、メニューに目を通したり、買うものを品定めするときとは違う、深遠なメッセージが浮かぶ。人間の目ほど美しく神秘的なものがほかにあるだろうか?

 東京にはそんな目があふれている! 慌ただしい東京の街で誰かと一瞬目が合い、得も言われぬ親近感と絆を感じて心揺さぶられることがよくある。

 一瞬のアイコンタクトは私の元気の源だ。東京が人間の街であり、目が口ほどにものをいうのは人間ならではの醍醐味だ、と思い出させてくれるから。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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