コラム

東北は「東京帝国主義」から脱却せよ

2012年02月25日(土)16時30分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔2月15日号掲載〕

 東京電力が、厚かましくも電気料金を上げるらしい。原発か値上げかの二択を迫るあたりは、旧態依然とした体質そのものだ。ところで、もう1つ僕が不快に思うのは、その社名だ。東京の莫大な電気需要のため、東北に危険な原発を押し付けておいて「東京」電力とは何事か。

 東電はその事業地域内に、自社が保有する原発を置いていない。東電の原発がある県はいずれも、「東北」電力の事業地域だ。東電は社名をエコならぬ「エゴ電力」に変えるか、あるいは「安全」なはずの原発を東京に持ってくるのが筋だ。

 その東電の原発で起きた事故後、スーパーでは野菜や肉、魚介類などの産地を確認する客をよく目にするようになった。震災前はあまり意識されなかったが、東京の生鮮食品の多くは東北からのものだ。東京人はいかに自分たちの胃袋が東北に支えられてきたかを痛感しているはずだ。

 僕も含め、東京に住む人は東北に感謝しなければならない。これまで東京人は自分の欲望を満たすため、東北から電気や生鮮食品、米、酒などを提供させ続けてきた。あとは、たまに温泉などを訪れる場所というくらいの認識だろう。これではまるで東京の下請けだ。

 東京のために放射能汚染の危険性がある施設を受け入れ、農業と漁業に励む。それでいて感謝されないばかりか「地味だ」「田舎だ」と、暗いイメージで語られることすらある。若者たちはそんな故郷を離れ東京を目指す。これはある意味「東京帝国主義」ともいえる状態だ。

■東北アジアの中心になれる地

 帝国主義は、外国との関係にだけ存在するものではない。中心と周辺の格差が絶対的で、文明の地である中心のために周辺が特定の産業に従事させられ、独自性を持つことなく従属し、生命の危険を感じながら生きることを強要される──沖縄ほど露骨でなくとも、東北も緩い形の「国内帝国主義」の対象地といえる。

 もちろん東京に限ったことではない。ソウルもまた、東京以上の一極集中と「帝都」ぶりを見せている。それを是正すべく前政権は、行政機能の多くを南方に移す遷都を試みたが、現政権下で骨抜きにされた市が誕生しただけだった。今週、新ソウル市長が訪日し、石原都知事と会談するが、この問題を共通の課題として議論することを望みたい。

 話を東北に戻せば、そもそも名称自体が極めて安易だ。韓国の面積にも匹敵する広大な地域なのに、単に都からの方角を指す言葉で表現されてきた。東北の人たちもそれをおかしいと思わないほど、国内帝国主義意識は内面化しているのかもしれない。自ら公募で地域名を選び取るのも1つの手だ。

 復興のため被災地の物を買おうという呼び掛けも釈然としない。もちろん現状では重要なことだが、東京が無意識に抱く「上から目線」が表れているように思えてならない。

 この際東北は東京帝国主義から決別し、北海道と組んで「東北アジア」に活路を見いだしてはどうだろう。東北が「独立」を宣言すれば困るのは東京のほうだ。

 将来的にロシアや北朝鮮との関係が改善すれば、東北は中国東北部やアメリカ大陸を含む交易の道の中心地として脚光を浴びる可能性も秘めている。南は九州・沖縄が、北は北海道と東北が、それぞれ中心に吸い込まれる「縮み志向の日本」ではなく、東アジアおよび東北アジアへと伸びていくことで地域も活性化し、結果的に日本全体の発展にもつながる。

 東北の復興が叫ばれているが、このような大きな観点から捉える必要がある。その前提となるのが「東京帝国主義」の払拭だ。東京の何がそんなに偉いのか。東北が自立し、生き生きとした社会になること。それも、あの未曾有の悲劇を希望に変える道であり、真の復興への第一歩になるだろう。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三菱商事、今期26%減益見込む LNGの価格下落な

ワールド

インド4月自動車販売、大手4社まだら模様 景気減速

ワールド

米、中国・香港からの小口輸入品免税撤廃 混乱懸念も

ワールド

アングル:米とウクライナの資源協定、収益化は10年
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story