コラム

カザフ人2000人の中国大量出国は、ウイグル人抹殺の予兆なのか

2019年01月26日(土)13時40分

観光客にタカを披露するカザフ人(新疆ウイグル自治区ウルムチ) Zhang Peng-Lightrocket/GETTY IMAGES

<毛沢東の策謀で露と消えた東トルキスタンの夢――「夷をもって夷を制す」分断策が逆に民族意識に火を付ける>

昨年12月、中国当局は出国を希望する国内在住のカザフ人約2000人に対し、隣国カザフスタンへの移住を許可した。今後は中国国籍を離脱し、カザフスタン国籍取得と定住手続きが始まると、カザフスタン外務省は事実を認めているという。

カザフ人の出国を許したのは中国新疆ウイグル自治区で進められている苛烈なエスニック・クレンジング(民族浄化)に対する国際社会からの批判をかわすためだろう。中国当局は100万人を超えるウイグル人を「再教育センター」と称する強制収容所に閉じ込めて弾圧。同時に無数の漢民族を入植させて、「ウイグル人なき東トルキスタン」を創出しようとしている。

トルキスタンは中国とソ連によって、東(新疆ウイグル自治区)と西(カザフスタンなど中央アジア)に分割統治されてきた。東トルキスタンにはウイグル人と共にカザフ人も多く住む。同じトルコ系でもウイグル人がオアシスに定住し商売を営む一方、遊牧民の歴史を誇るカザフ人には尚武の気風がある。

農耕民の漢民族は遊牧民のカザフ人が苦手なのだろう。ウイグル人に対してはその言語や文化の抹殺を断行しつつカザフ人には少し手を緩めて、同自治区内で両者の分断を図っている。

独立協議前に謎の墜落

中国が両民族の結束を恐れるのには理由がある。44年、中華民国の統治下にあった東トルキスタンで、カザフ人はウイグル人やモンゴル人と連携して蜂起し、東トルキスタン共和国を建国。モンゴル政府は独立ないしはソ連加入を目標とする東トルキスタンを側面から支援し、中国に対抗する共同戦線を組んだ。

その後、中華人民共和国建国を控えた49年8月、東トルキスタンの指導者たちは毛沢東から独立問題の協議に招かれた。だが中国への途上で、なぜか飛行機が墜落して全員死亡。東トルキスタンは崩壊し、中国に併呑された。いつの時代でも、陰謀の張本人は最大の利益を得た者に限られる。中国が不名誉な手法で東トルキスタンを併合した事実をカザフ人は忘れない。

新疆ウイグル自治区となった東トルキスタンでは「夷をもって夷を制す」、つまり少数派カザフ人をもって多数派ウイグル人を牽制する政策を実施した。同自治区北部にイリ・カザフ自治州を設置し、ウイグル自治区の分断統治を図ったのもその1つだ。

そうしたなかで62年、自治州に住むカザフ人とウイグル人は中国政府が強制する人民公社の公有化と遊牧民の定住化政策に反発し、大挙してソ連側へ越境する事件が発生した。

中国は「ソ連の扇動で6万7000人が逃亡した」と主張したが、中国では既に人民公社制度導入で約3000万人が餓死するなど、大規模な逃亡が起きてもおかしくはなかった。ソ連は「12万人が保護を求めてきた」と説明したが、中国は自らの非を認めようとしなかった。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

イケア、NZに1号店オープン 本国から最も遠い店舗

ビジネス

ステランティスCEO、米市場でハイブリッド車を最優

ビジネス

米ダラー・ゼネラル、通期の業績予想を上方修正

ビジネス

実質消費支出10月は3.0%減、6カ月ぶりマイナス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 7
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 8
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 9
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 10
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story