コラム

戦争、ジェンダー、環境、ポリコレ......「平成初期」に似てきた令和のゆくえ

2022年08月01日(月)08時12分

同じように平成末からの諸現象の遠因となっているのは、2016年に起きたブレグジット(英国のEU離脱決定)とドナルド・トランプの米国大統領当選だろう。

門戸を広く移民に開き、異なる民族や文化を尊重して国際協調を進めるのが先進国だといった「リベラリズム」の発想が、その本場であるはずの英米で否定された。冷戦下のマルクス主義を代替する形で、ポスト冷戦期に体制批判的な言論をリードしてきた論調が、ここでもまた挫折を迎えたわけだ。

いままで信じてきた「ものの見方」自体が、実はまちがっていたのかもしれないという疑いが広がるとき、人はむしろ防衛的になる。「違う、これだけはいまも絶対に正しい!」と思い込めるような信仰の対象を、新たに見つけていかないと、自己の安定を保てない。

1989/2016年の後で生じた、②エコロジー、③フェミニズム、④ポリティカル・コレクトネスの流行には、いずれもそうした側面がある。やや支持層にズレを孕むが、湾岸戦争/ウクライナ戦争がともに惹起した①地政学のブームにも、重なる性格があろう。

なにより2020年からの全世界的な新型コロナウイルス禍では、多くの国が予防医学をそうした「絶対の正しさ」の基準に祀り上げ、ロックダウンやワクチン義務化など人権の制約を厭わない強権的な政策に傾斜した。

なにを信じるべきかが日々不明になってゆく世の中で、自然科学者の「託宣」に最後の正しさを求めたともいえるが、周知のとおりパンデミックの終息につれてむしろ、そうした判断自体への疑問(空振りや副作用の指摘)が口にされ始めている。

こうした「知の基盤」の全体が地すべりを起こす状況で、大学に代表される既存の学問はまったく無力だ。むしろ日本の諸大学は、法的な命令ではないにもかかわらず自粛の形でキャンパスを封鎖し、小学校~高校で再び対面授業が一般的になった後もリモート講義を継続して、勉学にふさわしい「場所」を提供する使命を自ら放棄した。

そんななか、「学問とはなにか」の意義が問われるスキャンダルが続いているのも、やはりかつての日本で見た風景である。

昭和の終わりにあたる⑤1988年には、人気の宗教学者だった中沢新一氏の採用人事否決をめぐる「東大中沢事件」が話題を呼んでいた。

2021年には同じくベストセラー学者の呉座勇一氏(日本中世史)が、ネットでの炎上を契機に内定済みの雇用契約を取り消されて裁判となり、社会の耳目を集めている。

大学の研究者よりも作家・評論家が中心だったが、⑥1991年には湾岸戦争に際して著名な文学者が連名で「反戦声明」を発表し、しかしその論理のナイーブさが後に批判されてゆく事態を招いた。

一方でSNSが普及しきった今日、ウクライナ戦争に関して「幼稚なツイート」を発した人文系の有識者が晒されて嘲笑を浴びる様子を眺めるのは、すっかり私たちの日常になっている。

プロフィール

與那覇 潤

(よなは・じゅん)
評論家。1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科で博士号取得後、2007~17年まで地方公立大学准教授。当時の専門は日本近現代史で、講義録に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』。病気と離職の体験を基にした著書に『知性は死なない』『心を病んだらいけないの?』(共著、第19回小林秀雄賞)。直近の同時代史を描く2021年刊の『平成史』を最後に、歴史学者の呼称を放棄した。2022年5月14日に最新刊『過剰可視化社会』(PHP新書)を上梓。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット

ビジネス

米新規失業保険申請、3.3万件減の23.1万件 予

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story