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悠久のメソポタミア、イラクでの日々から

牧野アンドレ|イラク

夫により焼殺された女性:再び注目されるイラクのDV問題

©Serghei Turcanu-iStock

過去の記事でもご紹介したように、今年イラクは多くの雨に見舞われています。

その中で気温も氷点下まで下がることが何度かあり、夏場は50℃を越し冬季は0℃を下回る、自分の暮らす地域の気候のすごさを改めて感じています。

洪水などにより被害を受けた地域もありもろ手を挙げて喜ぶことはできませんが(事実、私の現地の同僚も洪水の被害を受けました)、雨量だけを考えれば農作物にとっては十分であり、今年の夏の水不足も昨年ほどは心配もいらないのかなと感じています。

   

夫により女性が焼殺されるという凄惨な事件

先週、イラクのクルド自治区で「女性が夫によって火をつけられ殺害される」という衝撃的な事件が起きました。

報道によると19日土曜日深夜、東部スレイマニヤ在住の21歳の女性は夫により度重なる暴力を受け、最後は灯油をかけられ火を点けられました。病院に運ばれましたが4日後に亡くなってしまいました。夫はイランへの越境を試みたところを当局に逮捕され、現在取り調べを受けています。

またこの事件の4日前には別のスレイマニヤ在住の女性が夫により射殺されるという事件も起きています。この事件では妻を殺害した後に夫も自殺。二人の間にいた子どもが後に遺されました。短期間におけるこれらの凄惨な事件を受けて、ここクルド自治区で女性がさらされる暴力の現状が改めて注目されています。

クルド自治政府首相もこれらの事件を受け声明を発表。今年に入り既に9人の女性が家庭内暴力が原因で命を奪われている現状を指摘した上で、自治政府としてDV防止に向けた取り組みの強化を約束しました。

  

指摘され続ける法的実効力

2011年にクルド自治政府議会は「反DV法」を制定し、家庭内暴力への対策を約束していました。しかし家庭内暴力は往々にして「家庭内不和」であると警察により結論付けられことが多く、法の実効力は見られていません。

2014年に設立され、イラクで女性への支援を行っているSEEDというチャリティー団体が発表した調査では、イラクに住む女性の45%が過去12ヵ月の間で何かしらの「近親者による暴力(IPV)」を経験しており、これは世界で最も高い水準にあると見られています。

またスレイマニヤで起きた事件の次の日にはイラク最高裁で注目された判決がありました。イラクの刑法41条で「夫は法の制限の下で妻を罰する権利がある」とされており、イラク女性連盟がこの規定が憲法違反であるとの訴えを起こしていました。20日にその判決が下され、最高裁は連盟の訴えを退け「合憲である」との判決を下したのです。

最高裁の主張は「この規定は家庭内暴力を正当化するものではなく、イスラム法やイラクの慣習に鑑みても適法。そのため違憲とは言えない」とのことでした。しかしこの規定をもとに家庭内暴力が正当化されるケースも実際に起きており、人権団体などからはこの最高裁の決定を非難する声明が出されています。

世界経済フォーラムが毎年発表している「世界ジェンダーギャップ指数」にてイラクは2021年、アフガニスタン、イエメンに次ぐ154位で世界ワースト3位にランクインしています。

実際にイラクで働いている中で、素晴らしいスキルを持っている女性を私は何人も見てきました。しかし経済状態以外にも「女性は結婚して家にいればいい」とする社会的な圧力の存在(これは男性からだけでなく、年齢が上の女性親族からも多い)が原因で仕事が見つからず、キャリアを目指すことができない若い女性がイラクにはたくさんいます。

こうした、女性を巡ってイラクに存在する社会的な圧力が凄惨な事件にも繋がっているのだろうと感じざる得ません。

   

アプリを通じたDV防止の試みも

減らない女性に対する暴力の現状を受け昨年11月、イラク内務省、クルド自治政府、国連人口基金(UNFPA)が共同で新しいアプリケーションを開始しました。

SafeYouというアプリは女性が予めアプリに連絡先を登録しておくことで、緊急時にボタンを押せば訓練を受けた警察官、親族などに現在地が送られ助けを求めることができ、ボイスレコーダーが自動で起動されDVの証拠を残すこともできるというアプリです。すでに国連がジョージアやアルメニアで導入しており、昨年末からイラクでも本格的に導入がされるようになりました。

ゆっくりではありますが、確実にイラクでも女性の社会的な地位が向上してきていると、女性の同僚たちから10年前の話などを聞くと思いますが、未成年者の結婚率が10年前に比べて増加しているなど、心配になるデータも散見されます。

一日にでも早く「名誉殺人」や「女性器切除」といった悪習が消え去り、イラクの女性たちが安心して自分のポテンシャルを遺憾なく発揮できる社会になるといいなと思います。

   

 

Profile

著者プロフィール
牧野アンドレ

イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。

個人ブログ:Co-魂ブログ

Twitter:@andre_makino

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