ジンに欠かせないジュニパーベリー（セイヨウネズ、杜松果）を漬け込んだ酒は、11世紀のイタリアにあったと言われるが、現在のようなジンがつくられたのは16世紀のオランダだった。薬用酒として人気だったけれど、これが17世紀に英国に入ってくると、またたく間に強い酒として広まった。当時、人口が急増していたロンドンのスラム街は酔っぱらいであふれ、犯罪、売春が横行して社会の秩序も乱れた。gin craze（ジン狂い）という言葉が登場し、家庭生活を荒らすジンはやがてmother's ruin（母親を破滅させる）と呼ばれるようになる。

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これを解決するため、政府は酒税を上げたり、ジンの製造を免許制にしたり、粗悪な違法酒を取り締まったりと何度も法律の改正を行なった。けれど、所詮いたちごっこだったそうだ。

そして1823年、規定の生産量を満たさない蒸留所には免許を与えないという法律が成立し、これが21世紀まで改正されずそのまま残っていた。Sipsmithがドイツから特別に取り寄せた蒸留器を使うと、この法律上の基準を満たすことができず、最初の申請ではジン製造の許認可が下りなかった。

しかし、成功する起業家はやっぱり違う。あきらめることなく２年をかけて政府を説得し、ついに免許取得に成功したのだ。

ここでお兄さんがこぼれ話を教えてくれた。Sipsmithが製造免許を取ったのは2008年。けれどその免許には間違えて１年先の日付が書き込まれていて、2009年まで製造を始められなかったというのだ。そんな単純なミス、訂正してもらえないの？　と驚くけれど、実物の免許をわたしたちに見せてゲラゲラ笑っているお兄さんからは、会社全体がこのエピソードを面白がっていることが伝わってきた。余裕があるなあ。

こうしてめでたく製造を始めたSipsmithは大成功を収めた。彼らのおかげで免許が取りやすくなったため、新しいブランドが続々と誕生し、英国にクラフトジンブームが巻き起こっていった。

ジンの製造はワインほど時間も手間もかからず、小さく始められるせいか、今ではブームに乗って、ご当地ジンも急増している。王室が作るバッキンガム宮殿のジンやウィンザー城のジンだってあるのだ。

会社の歴史が終わったところで、こだわりのジンづくりの話になった。長い歴史に比べるとなぜかあっさりしていた気がしたけれど。

ジンは、ボタニカルと呼ばれるハーブやスパイスで、ベーススピリッツに香りをつけて作られる。Sipsmithでは、ジュニパーベリー、オレンジピール、レモンピールなど10種類のボタニカルを緻密に組み合わせ、昔ながらの製法で蒸留する。その後、水以外を加えないことで濃厚な味わいが引き出され、18世紀から19世紀のロンドンドライジンの味が再現されているそうだ。

「ロンドンドライジン」とは、ジンの中でも原材料や製造過程がもっとも厳密に規制される、高品質のジンだ。製法をさすので、ロンドン以外で作ったジンでもこの名称を使うことができる。