World Voice

ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

大臣の半数が女性のベルギー新政府成立!

Credit:atakan

9月30日、ベルギーでようやく連立政権が成立した。選挙後に正式な政権が存在しない世界記録541日を破らなかったものの、昨年5月26日の選挙から約16カ月(493日)の政権不在。そしてこの541日世界記録を持つのもまたベルギーだ。記録は2010‐11年に遡る。それまでの記録を持っていたイラクを破った。

2010‐11年、世界経済危機後を受けて、欧州連合は緊縮財政政策を打ち出し債務国には強制した。主に増税と教育・社会福祉・文化分野などの公的支出を削減する政策だ。ほとんどの国が厳しい緊縮財政を取る中で、ベルギーは正式な政権がないため新しい政策は施行できず、長らく緊縮財政を免れた。おかげで他の国ほど福祉が後退しなかったという功績を持つ。さらには公的支出を維持した結果、英国、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダ、フィンランド、スイスを凌く経済成長率を記録し、早期の経済回復を遂げた。緊縮財政派にはまったく皮肉な結果となった。

ベルギー人は「政権が存在しない方が政治はうまくいく」という本気じみたジョークが好きだ。このコロナ禍も政権不在のまま代理首相と大臣たち(ケアテーカー政府)で乗り切ったのだからますます説得力を帯びている。代理首相を務めたのはソフィー・ウィルメス氏。ベルギーで初めての女性首相であった。彼女は新政権で、外務大臣に任命された。45歳の若手だ。

ベルギーで連立政権を作るのにこれだけ困難を極めるのは、小さな国の複雑なお国事情によるところが大きい。特に近年フランダレン地域を独立か独立に近い状態に持っていきたい政治勢力に関連している。四国ほどの面積に東京の人口ほどが住むベルギーは、フランデレン地域とワロン地域とブリュッセル首都圏を主とする連邦国家である。

「フランダースの犬」でもおなじみのフランダレン地域はオランダ語の一種であるフラマン語、ワロン地域はフランス語を公用語とし、ブリュッセル首都圏の多くもフランス語だ。フランダース・ナショナリズムや分離主義を引っ張る政党N-VA(新フラームス同盟) はフランデレン議会の与党であるだけでなく、2014年から連邦議会でも与党で影響力は絶大。現在の連邦議会でも16%を占める第一党だ。さらにややこしいことに、より過激なフランダース・ナショナリズムで極右政党とされるフラームスの利益(VB)と協調している。VBの近年の成長は著しく連邦議会で12%も勢力にまでなっている。連立交渉が長引いた理由の一つはN-VAがあの手、この手の非協調や威嚇を行い、混乱やカオスを強調したからだ。ベルギーが一つの国としてまとまるのは無理、というイメージを国民に与える常套手段である。

このような状況で、N-VAとVBを除いた主要な政党すべてが連立したというニュースはベルギーだけでなく、欧州全体で大きな驚きだった。社会党、自由党、緑の党、キリスト教民主党が連立に合意し、首相には自由党のアレキサンダー・デ・クロー(44歳)が就任した。あまりややこしくしなくないのだけど、それぞれの政党はフランダレン地域とワロン地域で別々だ。例えば緑の党はフランダレン地域ではGroen党、ワロン地域ではEcolo党となる。フランダレン地域とワロン地域各党のバランスを取った閣組は芸術的でさえあった。しかしバランスはそれだけにとどまらなかった.

内閣は首相を含めて閣僚は20人。そのうち10人の大臣が女性というベルギー史上最高のジェンダー平等内閣となった。その中にはトランスジェンダーでベルギー最初の大臣となった緑の党のペトラ・デ・スゥター氏も含まれる。デ・スゥター氏(57)は欧州連合議員として活躍中であったが、今回新設された公務・公営企業省大臣兼首相代理に抜擢された。しかも多様性とジェンダーを重んじる内閣は若い!

内務大臣(女性)42歳、財務大臣(男性)39歳、国際協力大臣(女性)40歳、エネルギー省大臣(女性)42歳、北海省大臣(男性)47歳。極めつけは1988年生まれの32歳サミー・マディ氏。新設の移民省長官となった。彼はイラク難民の父とベルギー人の母を持つブリュッセル生まれだ。首相も入れて、30代ー5人、40代ー12人、50代ー2人、60代ー1人。平均年齢44.05歳なり!

若く、多様性に溢れた内閣がどんな政治をするのか、期待値がかなり高まっている。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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