コラム

トランプが敗北してもアメリカに残る「トランピズム」の正体

2020年12月01日(火)18時45分

大統領選の結果に反発するトランプ支持者のデモ集会 Chris Alika Berry-REUTERS 

<支持者に対して「誰が何と言おうと自分は勝ち組だ」という心地のいい「真実」を与えるトランプへの信奉がアメリカに蔓延してしまった>

2020年11月3日に行われた大統領選挙で、民主党指名候補のジョー・バイデン元副大統領は8000万を超えるアメリカ史上最高の票数を獲得し、選挙人数でも306対232で現役大統領のドナルド・トランプに勝利した(これまでの最高得票数は2016年に敗北したヒラリー・クリントンで、6584万票だった)。トランプは「不正選挙が行われた」と主張して数々の訴訟を起こしているが、証拠を提供できないために裁判所から却下されている。たとえトランプが敗北宣言をしなくても2021年1月20日には大統領就任式が行われてバイデンが大統領になる。

選挙に負けたとはいえ、トランプは7392万票を獲得した。6298万票を獲得した2016年の選挙の時より1000万票以上増やしたことになる。この事実は軽視できない。

また、この4年間のトランプ大統領の支持率は低いなりに安定していた。大統領の支持率はその時の経済状況や外交問題などによって大きく変化し、上下の幅があるものだ。例えば、ジョージ・W・ブッシュ大統領の支持率は2001年9月の同時テロの直後には90%近くまで上がったが、イラク戦争が続いた任期の終わりには20%近くにまで下がった。バラク・オバマ大統領の場合は65%ほどでスタートして55%近くで任期を終えたが、途中には40%ほどまで支持率が下がったこともある。ところが、トランプの場合には50%を越えたことが一度もないかわりに40%より下がることもほとんどなかった。

得票数と継続的な世論調査の結果からわかるのは、アメリカの半数以上はトランプを嫌っているかもしれないが、何があってもトランプへの支持を変えないアメリカ人も半数近くいるということだ。トランプの人気は彼がホワイトハウスを去った後でも急速には冷めないだろうし、全米に蔓延した「Trumpism(トランピズム)」も簡単に消えないだろう。

「トランピズム」という言葉を、リベラルがトランプやその支持者を揶揄するために創作した単語だと思いこんでいる人がいるようだが、それは誤解だ。トランプの早期からの支持者で現在もアドバイザーをしているニュート・ギングリッチが2016年大統領選の前から使っていた表現だ。ギングリッチは1990年代に共和党下院議長を務めた人物で、大統領選の後、保守系シンクタンクのヘリテージ財団で、トランプ勝利の理由とトランピズムを保守の人々に説明した。

「旧式の秩序を壊す改革」

ギングリッチのスピーチで最も印象的だったのは、共和党の予備選でトランプが対立候補に勝った状況を説明した部分だった。予備選のディベートでは、通常、トップを走る候補を他の候補が一致団結して攻撃する。ところが、2016年の共和党予備選ディベートでは、誰もトランプを攻撃しようとしなかった。ギングリッチはその理由を、「トランプは(映画)『レヴェナント: 蘇えりし者』のグリズリー熊」「(熊と目をあわせたら、熊は)そいつの顔を喰って、身体の上に座り込むから」と映画のシーンで説明して観衆を笑わせた。つまり、対立候補たちは、ディベートのときにトランプと目を合わせるのを避け、自分ではなく他の候補の顔を喰って身体の上に座り込むことを祈っていたというわけだ。

こういったトランプの態度は予備選だけでは終わらなかった。大統領になってからは、閣僚やアドバイザーが自分の言いなりにならない時には、彼らに辞任する機会など与えず、ツイッターでいきなり解雇して侮辱した。自分と同じ党である共和党の議員が苦言を呈したときも、ツイッターで執拗に攻撃し、何万人ものトランプのフォロワーがその攻撃に加わった。その結果、これまで党に逆らって自分が信じる票を投じてきた数人の共和党議員までもが、トランプを恐れて従うようになった。

「攻撃されたら、それ以上の反撃をして相手をやっつける」というのは、暴力をエスカレートさせる危険な発想だ。それに、暴力的な言動で他人を抑え込むのは卑劣だというのがまっとうな考え方だ。しかしながら、このような類の強さやカリスマ性に惹かれる者は少なくない。学校での虐めのリーダーや『ゴッドファーザー』のマフィアのボスに惹かれる者がいるように。「トランプは大胆でユニークなリーダーだ」と熱心に語るギングリッチも、そのひとりだ。

ギングリッチはさらに「トランピズムとは、旧式の秩序を壊す改革であり、全米規模のムーブメントなのだ」と強調した。彼が言う「旧式の秩序(old order)」の例が国務省の専門家だ。ギングリッチは「国務省の80%は、知識がある愚か者(intellectual idiots)」「彼らはテストを受けるのはうまいだけで、タイヤの交換なんかできない」とこき下ろした。この「反知性主義」は、トランプ支持者の間で非常に人気がある思想だが、かつての共和党にはなかったものだ。少なくとも、ジョージ・H・W・ブッシュ(父)の時代までは、共和党は教育でも年収でも「エリートの党」だと自負していたからだ。伝統的な共和党で下院議長の座にまで這い上がったギングリッチが、反知性主義、反エリート主義の布教者になったことに驚いたが、それがトランピズムの威力だとも言えるだろう。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story