コラム

トランプ支持の強力なパワーの源は、白人を頂点とする米社会の「カースト制度」

2020年09月09日(水)17時00分

アメリカではブラックライブスマター(BLM)の抗議運動が広まっており、人種差別主義(レイシズム)と反人種差別主義(アンチレイシズム)に関する本がベストセラーリストのトップに連なっている。ウィルカーソンも、アメリカの奴隷の歴史と人種差別について書いているが、肌の色の違いによる差別を連想しがちなレイシズムという言葉で説明するのではなく、Caste(カースト制度)というキーワードを使って分析している。

「カースト」の言葉の由来は人種、系列、部族などを意味する casta というポルトガル語だということだが、現在では「カースト」という言葉を聞いて人々が真っ先に思い浮かべるのはインドのヒンドゥー教の身分制度だろう。インドのカースト制度にはヴァルナと呼ばれる4つの身分があるが、それに属さない最下層が不可触民(ダリット)である。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が1959年にインドを訪問したとき、彼はダリットとアメリカの黒人には共通点が多いことを学んだ。親がダリットだった生徒たちにキングを紹介するとき、校長は「アメリカから訪問された私たちの同胞である不可触民」と表現した。キングは後にそのときのことを「一瞬、自分が不可触民と呼ばれてショックを受け、むっとした」と語った。「不可触民(アンタッチャブル)」という表現は、それほど人間の尊厳を奪い去るものなのだ。でも、アメリカの黒人も同様に、「人間であって、人間ではない」という人工的な身分制度の最下層に抑え込まれてきたのだ。そして、そこから抜け出そうとするたびに、上の層の白人から暴力を受けたり、命を奪われたり、平等な機会を奪われたりしてきた。

キリスト教の教えにからめて「黒人は人間ではない」と決めることで、アメリカのカースト制度の上層に属する奴隷所有者の白人は黒人をどれだけ酷使し、虐待し、残虐に殺しても、「良きキリスト教徒」の「ファミリーマン」として罪悪感を覚えずにすんだ。また、カースト制度で下部に属している貧しい白人は、「自分は生まれつき白人というだけで黒人よりは優れた存在だ」と安心し、自分にプライドを持つことができた。

アメリカでの黒人への差別は、ただの偏見による差別ではない。政策や社会の慣習といったものを使ってカーストの下層の者をそこから出させないようにする「構造的差別」なのだ。

カースト制度は支配層にとって非常に都合が良いので、インドやアメリカ以外にも世界中に似たようなシステムがある。日本で江戸時代に確立された「士農工商」と「穢多、非人」という身分制度もそうだ。最も得をするのは最上層だから下層の者が不満を抱えて覆しそうなものだが、人は、自分より下の者がいることに安堵し、上の者から少しでも特別扱いされると、上の者と一緒になって自分と同等の者や下の者を貶めるものらしい。ウィルカーソンは、警官から暴力を受けた黒人よりも、加害者の警官の側に立つ黒人警官などを例に挙げて人間のやるせない心理を説明する。

最上層の者が持つ根拠のない誇り

建国時代のアメリカは、イギリス系白人男性中心の社会だった。その後、ヨーロッパの異なる国々から移民が押し寄せるようになり、そのたびに新参グループは差別された。イタリア系やアイルランド系の移民への強い差別があった時代もある。だが、最上層から差別される彼らも「白人」というだけで、最下層の黒人とは異なる待遇を受けることができた。彼らは喜んでその地位を受け入れ、最下層を「非人間」として扱う強力なパワーに加わったのだ。アパルトヘイト政策化の南アフリカで「名誉白人」として扱われた日本人にも共通する心理だろう。

問題は、科学的な根拠がない人間の優劣や人工的な身分制度であっても、与えられた者がそれを信じるようになってしまうことだ。最上層の者は自分に対して根拠のない誇りを持ち、最下層の者は自分を恥じて、上の層に対して従順になる。

アメリカは元々白人男性に有利な社会なので、特に裕福な家庭で育った白人は、本人に特別な能力がなくても最高の教育を受けて良い仕事に就くことができる。家でも、学校でも、職場でも、店でも、最高の扱いを受ける。だから、すべての言動に自信が溢れており、交渉相手を説得しやすく、成功もしやすい。生まれたときから下駄を履かせてもらっている結果なのに、彼らはすべて自分の才能と努力による達成だと信じている。ゆえに、貧困者と犯罪が多い都市部で育った黒人に対して「奴隷制度はずっと昔に終わった。いつまでも他人のせいにせず、もっと努力するべきだ」といった批判をするのだ。

差別を受けている側の黒人は、政策のために教育制度が良くない地域に閉じ込められ、子どもの頃から教師に「頭が悪い」「暴力的だ」と決めつけられ、少しでも抵抗すると白人からリンチにあったり、警察官から疑いをかけられて殺されたりする。それほどの不安とストレスを抱えて生きている彼らが、すべてで優遇されている白人と同じ希望や自信を育てることは不可能だ。下流に向かって泳ぐ者と、上流に溯る者が競泳したタイムを比べて公平に評価しようとするようなものだ。

アメリカの奴隷が受けてきた残酷な扱いと、奴隷制度が終わっても続いてきた恐ろしい差別の内容。それが現在にも根深い人種差別として残っていることは、ここでは書ききれない。けれども、それを知ると知らないでは、現在のブラックライブスマターの抗議運動を理解することは不可能なので、この本だけでなく多くの本をぜひ読んでほしい。

<関連記事:トランプ当選を予測した大学教授が選んだ2020大統領選の勝者は?
<関連記事:「文化の盗用」は何が問題で、誰なら許されるのか? あるベストセラーが巻き起こした論争

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

ニュース速報

ワールド

東京都、新たに4058人のコロナ感染者を確認 初の

ビジネス

アングル:コロナ再拡大に大洪水、世界の供給網「限界

ワールド

焦点:見直し迫られるバイデン氏のコロナ戦略、デルタ

ビジネス

伊銀モンテ・パスキ、コア資本比率マイナスも=EU健

MAGAZINE

特集:モデルナの秘密

2021年8月 3日号(7/27発売)

コロナワクチンを高速開発したベンチャー企業モデルナの正体とmRNA治療薬の可能性

人気ランキング

  • 1

    いくら太陽光発電所を作っても、日本の脱炭素政策が成功しない訳

  • 2

    東京五輪、中国人バド選手が韓国ペアとの試合中に「罵倒」連発で騒動に

  • 3

    女子陸上短距離ジョイナーの「伝説と疑惑の世界記録」は東京で破られる?

  • 4

    パリ五輪ロゴの出会い系アプリ激似説がネットで再燃

  • 5

    ドラァグクイーンと子供のふれあいイベントが抗議殺…

  • 6

    1匹だけみにくい子猫、病気と思ったら「オオカミ」だ…

  • 7

    福山雅治ほどの温厚な人を怒らせた「3つのスイッチ」とは

  • 8

    コーチもいないオーストリアの数学者が金メダル、自…

  • 9

    世界で「嫌われる国」中国が好きな国、嫌いな国は?

  • 10

    「お尻がキラキラ光るクモ」ではなく、無数の赤ちゃ…

  • 1

    1匹だけみにくい子猫、病気と思ったら「オオカミ」だった

  • 2

    東京五輪、中国人バド選手が韓国ペアとの試合中に「罵倒」連発で騒動に

  • 3

    いくら太陽光発電所を作っても、日本の脱炭素政策が成功しない訳

  • 4

    「無駄に性的」罰金覚悟でビキニ拒否のノルウェー女…

  • 5

    「競技用ショーツが短すぎて不適切」英パラ代表選手…

  • 6

    チベットの溶ける氷河から、約1万5000年前の未知のウ…

  • 7

    競泳界の「鉄の女」が水の上を歩く奇跡の一枚

  • 8

    東京五輪は始まる前から失敗していた

  • 9

    「三国志」は日本人も中国人も大好き(でも決定的な…

  • 10

    国際交流を奪われた悲しき五輪で角突き合わせる日本…

  • 1

    1匹だけみにくい子猫、病気と思ったら「オオカミ」だった

  • 2

    加害と向き合えない小山田圭吾君へ──二度と君の音楽は聴きません。元いじめられっ子からの手紙

  • 3

    20万円で売られた14歳日本人少女のその後 ──「中世にはたくさんの奴隷がいた」

  • 4

    「無駄に性的」罰金覚悟でビキニ拒否のノルウェー女…

  • 5

    「1日2個、カットしてスプーンで食べるだけ」 メンタル…

  • 6

    「競技用ショーツが短すぎて不適切」英パラ代表選手…

  • 7

    東京五輪、中国人バド選手が韓国ペアとの試合中に「…

  • 8

    人間のオモチャにされたイルカ死ぬ──野生動物に触る…

  • 9

    韓国で、日本製バイクの販売が伸びている理由

  • 10

    テスラ6月に発売した新型「モデルS」運転中に発火=所…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中